病気のこと

2015年11月 9日 (月)

自殺・限界を超えない

midoはこの病気になって、自殺実行がとまらなくなりました。
そして自傷もひどくしました。
この病気の症状については、以前書いた1回目の続きをいずれ書きたいので、
そのときとダブってしまう内容になるかもしれないのですが、少し書かせていただきます。

症状が最高潮の時は、
もう思考が完全に「死なないと迷惑がかかる」「世界で私は一番汚れている」という世界に
溺れてしまいました。

私は、首つりを一回、自分で首をしめて3回気絶、病院でも一回実行して、目の血管が切れ
目の中を出血させました。
あとは、自傷行為。
目に、体の痛みを止めるための電気治療の電流を直接流す、歯を抜く(涙)←ただでさえ
私は粘膜が弱いため歯が大変なのに、あまりにも痛くて、耐えられなかったのです。
そして自分の病気は自分の罰なのだ、と思い込み、自分を傷つけないといけない、と思ってしまった。
(でも影で病気から抜け出したい、という反動もあったのだと思う、病気のところばかり自分で攻撃したから)

顔をカミソリで切り刻もう、指をとろう、と本気でしました。
私は心も体も汚くて、本当に、それが一番ふさわしいのだ、家族のためにそれしかない。
それしか道がない、ああ、もう道がないのだと完璧に思い込んだのです。
(ずっと言われ続けた、殺す、死ね、という親や施設の先生の言葉も深い中にしまってあったのだと思う)

死にとりつかれた、という感じです。
病気の症状は本当恐ろしいものでした。

だって、その前は、死にたいと、何分おきにいってくる人たちに、大丈夫といつもいつも連絡を返して、
励まして、命は大事だと深くから思っていたのです。
midoちゃんに相談すれば、大丈夫。
そうやって頼りにされてきました。そういうエネルギーを私は、使いすぎたのかもしれません。

死にたい、と半狂乱で言ってくる人たちは、親から性的虐待を受けたり、集団的に暴行をうけたり、
病院でもカウンセラーでもあたためてもらえないほど、苦しい、とても胸の痛いものでした。

私はその悲しみと苦しみに何年ものまれないように、必死にコントロールしてきましたが、
気持が痛いほどわかり、共鳴しすぎて、昼も夜も心が痛くなり、そのあとに吐いたりしました。
自分の限界をこえていたのです。
相手の気持ちが強すぎて、自分の気持ちと一緒になってしまいました。
それに体の痛みという要素も加わり、自殺に向かったのだと思います。

私は実は、高校のときもアスピリン系をODをしたことがあります。
このころも精神がほんの一時ですが、やんでいたのでしょうね。

施設から出て、地元の高校へ行ったときの先生からの差別。
家での親との関係、久々に帰ってきた家でのなれない生活。父の怒鳴り声、いつもびくびく。
生徒からのいじめ。まあ、いじめのある学校だったので、私のいじめなどたいしたことなかったけれど。
付き合っていた彼が、親友と同棲をはじめたこと。などなどが重なっていき、
そして極め付けは体の痛み。

限界をこえたのでしょうね、私は薬ショックがありますが、幸いそのときは、
飲んでしばらくした後、何やっているんだ!と正気にもどって、自分で吐き出し、フラフラになりながら、
誰にもばれずに学校に行きました。
でも、そのときの後遺症、血液が固まりにくい、というものが残っているのです。

2年前の自殺の時は、もう途中で正気に戻ることはなかったのですね。
病院で拘束して2日たたないと、正常にならなかったのです。
後遺症も残りました。小さな血管が目も首も切れ、いまもいろいろ支障がありますが、命は無事でした。

この自殺を図る前は、痛みで気が狂いそうでした。まあ、狂ったのですが(汗)

先月、私は、久々に大きな痛みに見舞われました。
自分の痛みレベルからすると、10段階で9.5くらいです。

一か所に自分の体を置いておけなくて、ヘッドバッキングするように、はいまわり、
極限状態になり、気絶しました。
その前に薬を母に飲ませてもらったのですが、
薬が効くのが間に合わなかったのです。
そして以前のように痛みは長続きせず、2日で痛みは7.5くらいにレベルダウンし、
普通の心になりました。

気絶寸前、思考は穏やかなときもあるけれど、時には恐怖になります。
「こんな痛くてなぜ死なないのだろう、ならば、死ぬときはどんなに痛いのだろう」
「神様はやっぱり私に罰を与えているのではないか?」
という感じになります。

少しでも落ち着けば、すぐ平常運転、平常モードに切り替えられるのですが、
やはり限界、というものはあるのだなー、と先月の痛みで妙に納得しました。
この2年、こんなに強い痛みはなかったので、すっかりこの精神状態を忘れていたのです。

この痛みが日常に十何年続き、周りの環境が悪かったら、
やっぱり私にとっては限界、自殺に追い込まれて当たり前だなあ、と。

私は特別に痛みが強いのだそうで、そのせいか、昔から痛みにたいしても、耐えることができます。
虫歯も手術も麻酔を使わなかったり、ほとんど使用しなかったりします。
だから、この痛みを耐えることができると信じていた、けれど、やっぱりやっぱり私にも限界があるのだと。
はじめて、ああ、そうか、人には限界があるのかと。

何が言いたいかというと、人には限界があるんだな。と当たり前のことですが^^;;


私の精神の不安定は、体の原因が主なのですが、
それでも環境、いろいろな要素が絡まります。
小さいころのトラウマも顔を出してしまうこともあります。
そういう要素が多くなっていくと、限界マックス状態を作りやすいです。

無理なときは動かない。
明るくできないときは、明るくしない。
明るくして少しでも楽になりそうなときは、明るくする。
落ち込めるときは、落ち込む。
落ち込まなくても、いけそうなときは、落ち込まない。
人が怖いときは、人といて疲れるときは、自分を守る。
ゆるゆるでいく。

そういう日々の自分の選択、自分を大事にして決めていくこと、
そしてどんな内容でも、自分の決めたことに誇りを持つ。
その決めたことよって、何かあっても後悔しない。
反省があればそれを生かすだけ。

自分に感謝していく。
その積み重ねが、限界、マックス状態をつくらない気がします。

私はまだまだそういうところが本当に未熟なのです。

たぶん、この病気になる方の特徴の一つに、周りのことが気になって、
自分の本当の心がよくわからない、ということもあると思います。

相手や環境や出来事のかかわりあいの中で、
自分のバランスをとるのが難しくなるのだと思います。

自分を大切に。

自分のことは、だれでもない自分自身が一番わかってほしいと思います。
惜しみなく自分を愛してあげよう。

社会や家族は価値観の中で自分を見るかもしれない。
外見で、持っているもので、病気で、経歴で見るかもしれない。

それはそれ。ほっといて、自分だけは、ただそのままの自分を見てあげよう。
そして一つひとつ自分の行動に自信をもっていこう。

その先には、ゆったりした自分に出会える気がします。
この病気になったおかげで、まったく見えてなかった
自分の足元がようやく照らされたような気がしています。

一歩一歩歩いていこうと思います。
これからどんな生き方になるか、楽しみにいきたいな。

命をたたなければいけないほど
追い詰められてしまうことのない社会になりますように。
みなが生きていける社会になりますように。
心の痛み、体の痛みが世の中からなくなっていくほど、あたたかい世界になりますように。

そして自分を大切に。
愛してあげよう。

ちょっと重めの内容でした。ごめんなさい。

2015年11月 5日 (木)

新しい病院を探すの巻

入院の時から受け持って下さった担当医が変わりました。
ガーーン。残念でなりません。

私は予約した日に行かないこともよくありましたし、
(仕事が忙しかったり、熱が出たりして、延期してもらったりしたので)
この一年は先生との会話自体もほとんどなかったのですが、
観察眼があり、私の体質、短所、長所も
よく理解してくれ、前向きで、よい先生でした。

一番のすばらしい所は、絶対否定しない所、
そして統合失調症を特殊な病気だと思っていない、
ただの医学の研究材料とも思っていない、
精神の病気の方を自分と別のもののように扱っていないところでした。

そこが一番好きかな。そういう感覚は、もう目や顔に出るものです。
態度をとらなくても、隠していても、たとえ口では違うといっても、必ず伝わるものです。

入院した時も、とてもいい感じでしたし、存在自体が素敵でした。
あの先生が担当でなければ、私は薬漬けで死んでましたし、心も荒廃していました。
人気の先生で、先生目当てに、転院してくる人も老若男女問わず結構いたようです。

2か月に1回、かわす言葉が少なくても、ほんわか元気を頂いていました。
沢山の患者さんを、自分の許す範囲でなるべく上手に対応していたのでしょうね。

病院をしばらく休職するそうですが、復帰の予定を聞くと、
ちょっとにごして、わからない、と答えました。
うーん、これ以上は聞けない、と思いましたが、
何かご事情がありそうな様子でした。
にごしている先生の目がうつろで、輝いていなかったので、
あまりよい事情ではないのでしょうね><

ご結婚されているので、妊娠とかで休職だったらいいのですが、
そうではなさそうでした。
うまくいえないけれど、早くこの病院から去りたい、という感じが伝わってきました。

病院は地元では一番大きい、入院設備が整った病院なのですが、
とにかく先生の出入りが激しいのです。
女性の先生は病気になったり、必ず辞めて行きます。
女性にとって大変な環境なのでしょうね。
たぶん、入院したときの私が感じた感覚から、病院内でかなりいろいろあると思います^-^;

こんな優しくて、よい感じの先生はこの病院に長くいないだろうなー、
と思っていたのですが、残念、その通りになってしまいました。
先生、本当にお疲れ様でした。感謝です。
できれば、どこかでずっと精神科医を務めていてほしいな。
精神科医やめないでほしいなあ。

この先生がやめたら、この病院で診てもらうのをやめようと最初から決めていました。
次の先生も悪い先生ではなさそうです。

特別、嫌ではなかったのですが、待ち時間も長い大きな病院で私にとっても、負担もあり、
やめることを決意しました。

探すは個人病院。

今、候補にあがっているのは、
近くに住む友人がお勧めしてくれたその方が通われているクリニックと、
東京に体の病院に定期的に行くときに近くにある、統合的に診てくれて
薬も否定しないけれど、代替医療も否定しないクリニック。

この二つ、両方行ってみたいな、と思います^^

でもやっぱり東京は、遠いから大変かなあーー。
近ければ毎月受診でもいいのですが、遠いとなると・・・・。
3か月に一回とか4か月に一回とかになってくれればいいのだけれど、無理かな?
前、どなたかのブログで4か月に一回受診されている方がいたのですがどうなのかなあ。

今実は体の事情があって、5月頃からほぼ断薬中なのです。
お薬はいただいていますが、飲む量は特別に自分で決めてOKと言われています。
これは、他の先生にはなかなか通じないかもしれません。

私の病気が特別軽いということではなく、入院中、感染症になったりしたときの薬の対応とか
みていた先生が、私の体質を目の前で理解し、しょうがなく、という感じですね。

私は例えば熱が出ても解熱剤は、一才児の薬の量の半分で十分なのです^^;
(それ以上飲むと、気絶したり、呂律がまわらなくなり、血圧がぐんぐん下がり、
体が震えだし、ショック症状になります)
その量で十分熱は下がるのですね。
体の薬も、飲むときはびっくりするくらいの少量を飲んでいます。
何種類か飲むとものすごい副作用があることもあります。

市販の風邪薬すらも、気を付けないで飲んだら、本当に意識不明のデロデロになっちゃいます><
これで今まで何度倒れ、病院に運ばれたことか~。
この体質を説明するのもちょっと気が重いですね。

小さいころから強い薬といろいろ共存してきた私ですが、
やっぱり、精神系お薬はホント強い!というのが私の感覚です。

2年前の今ごろは・・・まっすぐ歩けなかったし、震えながら前のめりになり、
どんどん足が小刻みに動いて、目は焦点があわず、口は勝手に動き出すし、
わけわからない感覚と戦っていました。

体が落ち着いたら自分に合う量をみつけていきたいです。

私の住む地域の精神科はどこも初診は2か月や3か月待ちなんです。
ちょっと待つけれど、がむばって行動してみよう、と思います。
パワーが必要ですね~。

でも友達が通われている病院は、安心で、心強いです☆

新しい医院へGOなのだ。

2015年9月 4日 (金)

統失から2年目、統失の時の症状1

今年の秋で統合失調症で医療保護入院をして2年目を迎えました。

今思い返しても辛いです。病気の中でまだ、病状を思い起こしそうで
不安な方は読まれないほうがいいかもしれません。
私もまだ病気の症状が抜けた後のころは、なるべく病気の説明や、
病気の部分は怖くて読むことをやめてました。
陽性症状につられそうになるのですね。
だから、この日記でどなたかが、怖い、辛い思いを刺激されないように願います。

統合失調症になる前、半年間、高熱が出て、脳炎になりました。

脳炎になった原因、ことの起こりは、
島に住んでいた時、同じ敷地内に住む、大家さんが死にそうな猫を連れてきて、
誰も面倒を見ず、私が世話して、余命より生きて亡くなりました。
その後、また病気の猫を大家さんが連れてきて、結局私が世話して亡くなって、
また新しく連れてきて、何カ月かたち、病気発覚。
その猫は、寄生虫を沢山私のアパート前で嘔吐、吐血。
でも病院にいったり、ケアの後、回復。死ぬところだったその猫は奇跡的に元気です。
猫は予防接種などしていなくて、それをずっと頼んだのですが、大家さんはしないとのこと。
いろいろトラブルがありました。
結局、私が猫がもっていたトキソブラズマに感染して脳炎になったのです。

(トキソプラズマは、統合失調症の原因になる可能性があるという説があります)

何度も、「私は世話できない」と断ったのですが、どうしても、猫が頼ってきて、
家にきてしまい、具合の悪い猫をほっておけなかったのです。
本当に私は馬鹿なんですね><
あのままだったら、猫は死んでいたのでしょう、私は命ギリギリです。
そうすればよかったのでしょう。

でも、誰も見てくれる人がいなくて、(大家さんは、ただ飼いたいだけで、ほとんど家にいなかった)猫が私になついて、夜中私の家にずっと泣き叫んで助けを求めてくることを無視できなかったのです。
猫が助けを求めに来ないのなら、放っておくのですが・・・。

(でも猫が治りかけの最後の方で、私の家の前で泣き叫んで、助けてくれと頼む猫の状態を見て、ヘルプに来てくれた人も、
「私もこれは放っておけない、鬼畜にならないと無理」と言っていました)

とにかく死にそうな猫を見ても、ほっておけなかったのです。
本当に馬鹿なんです。自分でもわかっています。

昔仕事をしていたときも、通勤の時、職場の前の道路にひかれていた猫を、
もう亡くなっているのに、車にひかれつづけているのがとても心がいたくて、
コートの中にくるんで、自分の職場の(広い福祉法人だったので)すみに
うめたことがあります。

その時も、馬鹿だなあ、のろわれるよ、とか同僚に言われたものです^-^;;
同じ職場の彼氏には一番馬鹿にされました。
でも多くの人は、とても優しくて、「連れてきてよかったね」と言ってくれ、
事務の男性の方がうめてくれたのです。
私は粘膜の病気です。免疫も低いです。
猫に本当は触れません。自分の命だって大事です。
でも、どうしても放っておけないのです。

そんな性格で、島でもやっぱりお世話をしてしまい、猫は回復。
猫が毎日お礼のように家にきました。
でも、もう元気になったのなら、触る必要はなく、相手にせず、体を守りました。
その後高熱で動けなくなり、家に帰省します。

高熱が下がり、今度はお尻の粘膜が腐ってきて、痛さのあまり、3日寝れず、
少し寝て、また3日寝れずの繰り返しでおかしくなります。

自分の食事、洗濯、身の回りのこと以外、ほとんど部屋から出ず、耐えることにしました。
何か愚痴を言ったら、ネガティブにつられて、私はおかしくなってしまう、そう思いました。

きっと治るはず、意識をあげて、エネルギーを上げれば、この痛さに耐えられるはず。
周りの愚痴は聞かない。
周りに影響されないと決めました。

ただ、あまりに辛くて、空想の中で、神様に話をするようになりました。
大丈夫、大丈夫、治る治る。大丈夫ですよね、ありがとう、神様・・・
そうやって話しているうちに、声が返ってくるようになりました。
その声は、『大丈夫』と言ってくれました。

だんだん、声は多くなり、
『病気の治し方を教えるよ』と声をかけてきました。
この運動をする、ここをマッサージする、呼吸法、光をおろす方法。
食べるものを変える、感謝する方法。
声はそんなことを教えてくれました。

私は小さいころから、亡くなった人で見たことのない人の特徴やしゃべり方、
会ったことのない人で、その人がもっている病気、昔その場所で起きた出来事、
そういうものが聞こえたり、見えたりして、昔から統合失調症だったのかもです。
でも、本当に2歳とか3歳からですが^-^;;

ただ、実際、見たもの聞こえたものが、本当によくあっていたので、
なるべくその部分は隠してきましたが、縁があって、こういう状態を知った方は
そういう体質なのだ、第六感があるのだと素直に思っていたようです。
だから病院いけ、ともいわれなかったのです。
不思議なこともあるもんだ、何かあったら、midoに聞いてみよう、という人もいました。

でも実は、それは私にとても負担で、とても辛いことでした。
相手の痛みや、苦しみも自分に感じてしまい、狂いそうになることもあったのです。
声をあまり聞かないようにしよう、見ないようにしよう、そう感じていました。

なので、この統合失調症の症状の時も、声が聞こえたことには驚きませんでしたが、
聞くが聞かないか、迷いました。
ただあまりに辛かったので、(何日も寝ていなく痛みが続くと、あははは、と笑いだしたり
本当に精神がいってしまうのです、すでにその状態でした)
その声に従いました。

声の大きさ、占領される感じ、そういうものは、今までよりも、
とても強かったのは覚えています。

ものすごい気が狂うほど痛かったものが、声の通りに、行動し、
お尻の壊死はとまりました。
ものすごい荒れていて、とても目をむけられる状態ではないのですが
(今はもっとひどいですが)なんと、その時だけ、わりときれいになったのです。
病院の人も「大丈夫!」と。びっくり。
内臓もよくなっている。治ってきている、すごい。そう思いました。

でも時すでに遅し、その時には、もうその声にほとんど乗っ取られているような
占領されているような感じになったのです。
だんだん指示されるようになりました。

これが駄目、あれが駄目。こうしろ、ああしろ。
私は「ハイハイ」と忠実に答えました。もうロボットのようになっていました。

そして、不思議なのが、私がほとんど部屋からでないことに家族は
疑問を思っていませんでした。そんなことを思うと、すぐ声はこたえてきて、

『家族もお前がどうなろうと、気付いていない、お前は、誰にも必要とされず、
家族の迷惑だ、どうしたら本当に家族に力になれるか教える』と言いました。

私は素直に「そうだなあ」と思いました。
だって、普段の生活でも、結構そう言われているもの、と納得したのです。

『家族を助けるには、今すぐ、お前のこの悪い念を出さないといけない。
お前は、家族を汚している、世界を汚している、
お前自身がなおしていかなければならないことがある』と言われます。

ただ、こんな流れの中でも、
「ん?この声をずっと聞いていたら、まずい、違う、私が私でなくなってしまう、
そんなことあるかいな、これは違う」
と思ったことは何度もあるのです。

でもその思ったたびに、
『違う、今はこの言葉を聞く時期だ。こうやって心の成長を高める時期がある、
現に、さまざまなものと対話して、こういう本があるだろう、
そういう人もみなこのような時期を通っている、今はその時期だ』
といわれ、本当に声が言う出版されている本が調べたらあったので、
また信じ込んでしまいました^-^;;

また、入院、退院、その後までの続きをいつか書かせてもらいます。

辛かったけれど、書けてよかったです。
ずっと書けないかと思っていました^^少しずつ、客観的になってきたのですね。
読んで下さりありがとう。

2015年6月 1日 (月)

回復のエネルギーに沢山触れる

ジョン・ナッシュさんがお亡くなりになりました。
そのことについて、ニュースで、何度か統合失調症、という言葉が流れたのでしょうね。

内職などで雇ってもらっている会社の社長が言いました。

「おい!統合失調症になっても、終わりじゃないんだな。
未来があるんだな、おまえも大丈夫じゃないか!!
統合失調症のやつは、状態が悪い時もあるけれど、よくなればいいんだよな!
全然大丈夫なんだな」

一発で統合失調症の印象が変わった様子です。
メディアの影響力^^;;すごいですね。

社長の統合失調症の印象は「もう終わりだ」というものでした。
事件の犯人だったり、会話ができなく、一生頭が戻らないのでは?
という方面でしかとらえられなかった様子です。

(統合失調症といってもいろんな方がいて当たり前なのですが)

こうやって統合失調症を持ちながら回復されている方のエネルギーに触れるということは、
周りにとっても、当事者にとっても、とても力をいただけることだなあ、と思います。

病名は違いますが、癌で余命を宣告された杉浦貴之さんは、宣告された後、
回復されている元末期癌患者を探して会いに行って話をお聞きしたそうです。

それが本当に自分の力になったそうです。 良い情報、回復者のエネルギーを
見つけ続け、回復者からパワーをもらい、ご自分に向き合いながら奇跡的に回復。

癌の回復者が語る雑誌を創刊し、今も病気から回復している人達の言葉とエネルギーを
病気になった方たちや家族、医療関係者など必要な所に届けています。

回復されている方は、それぞれの治し方、それぞれの回復の仕方があり、
元患者だった杉浦さんならではのインタビューで、深く情報がひきだされていきます。
精神の病気の回復者も時々出ています。

杉浦さんは、もう有名になられて、テレビなどにも出演されていますが、とっても元気で
結婚もされ、子供もいらっしゃって、病気のみなさんを勇気づけようと全国を講演されたり、
患者のみなさんとフルマラソンされたりしています。
そうすると、奇跡が奇跡を呼んで回復がつながっていくのですよね。

統合失調症も、もっともっと回復のエネルギーに触れる機会を持てたらなあ、と思います。
特に、最初に病名を告知されて、もう駄目かも、とショックを受ける方がおおいと聞きますし。


JPOPボイスや雑誌などの世界でも統合失調症の体験談を読めますし、
ブログや本でも力をいただけます。とっても力になります。

でも、もっとたくさんのいろんな方の体験が、当事者の手によって、
まとまったものがあればあるほど、もうちょっとお医者さんの姿勢に変化がでたり、
当事者への勇気につながるのではないかなあ、とふと思いました。

なぜ最近そんな風に思ったかというと、私の体の部位で(まあ一部なのですが)
どのお医者さんも一生治らない、これから進んでいくだけ!
といわれている所があるのです。
言われ続けて、20年。順調に進んでいます^^;;
今度の熱の後などは、残念ながら認めざるをえないです。
そうすると、やっぱり生活の幅が狭まってくるのです。

医者に通い続けての会話は
「これ治りますか?症状が止まるってことありますか」を私が質問し、
「midoちゃん、それは無理よ、絶対無理、進むだけ、止まらない、今の医学では無理。」
と、あきらめる方向へいつも話が流れていきました。

このようなやりとりを毎月毎月20年・・・・時には電話のやりとりを含め、ずっとやってきたわけです。
治らない、を何度聞いたでしょうか。
治らないエネルギーを与えられ続けるわけです。
そのお医者さんが悪いのではないのです。(とっても優しい方なので)
100人いたら100人のお医者さんが無理という世界なのでしょうがないのです。

でも!

最近、ネットをくまなく調べて調べて調べ続けて、一つヒットしました。
(ネットでも治らない、が当たり前な中、統合医療でも怪しいものでも、
奇跡体験談すら見つけられなかったのですが)

一人の医者が、ちゃんと写真と症例で発表していました。
(最近のブログだったので、今までヒットしなかった様子)

なんじゃこりゃーー!!優作になるしかありません(古い)

今までどこにもそんな情報転がってなかったのです。
患者さんも公開した人はいなかったのですね。
回復者の症例、エネルギーに初めて触れました。

その先生は、治る、回復の可能性がある、ということを見つけ出し、
実際回復させ、そして、治る、という視点で診察にあたっているのです。
視点が変わると、治るという可能性のためにどんどんと研究していきます。

代替医療のアンドルーワイル博士は、「病院で否定的な言葉をかけられて
患者は呪いに掛けられている、ブードゥーの呪いのようだ」とおっしゃってますが、
確かに20年治らない、止まらない、といわれ続けられるより、
治る可能性を探そう、と見つめてくれるエネルギー満載のお医者さんの方が、
患者のパワーの出方が違います。

特に私などは、ネガティブなエネルギーの方が、慣れ親しんでいて、
たっぷり受け取ってしまいがちなので。

回復者のエネルギーや、回復することを全く疑わない医者のエネルギーをもらえる、
というのはありがたいことです。

患者さんの力や可能性を信じる機会がもっと増えていけば、
回復というものがもっと早くなる世界を作れるのではないかなーー、なんて思ったり。
そうしたら、偏見も普通に消えていくのになあ、と思ったり。

一人が回復したら、どんどん回復するような連なり、
回復から遠いように感じている方々も回復していかれるようなったらいい。
エンパワメントしあえるつながりができてくることを夢みて☆

統合失調症にもっと回復のエネルギーが増えますように。

そして皆で幸せになれたらこんな嬉しいことないです。

私も体も心も回復に向かって少しでも歩んでいけたらいいな。

ジョン・ナッシュさんのニュースの一般の方の反応と
自分の病院の経験からいろいろ思いを巡らせたmidoでした。

ジョン・ナッシュさんと奥様のご冥福をお祈りします。

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2015年5月19日 (火)

泣いてしまったの巻と断薬

ごめんなさい、弱音と愚痴も含まれます。
元気ない方は読まれないでくださいね、最初に謝っておきます><

2週間ほど、高熱が続き、夜は10分寝て、一時間のたうちまわり、また10分寝て・・・の繰り返しで、消耗していました。
苦しいのは慣れている、一番心配なのは、機能が低下していまうこと。

毎年何か月も熱が続き、そのあと大変だったので、怖くなってしまいます。
この半年、なんども自分の状態を受け入れてもまだ体の症状進んでいくようで、
不安でしょうがないこと。

不安な日々が続きました。
お風呂も2週間入っておらず、家族に「く、くさい!」と言われながら、うう、つらい、
と思いながら長い夜を過ごしました。

でも、今日はお昼に、眠れて少し息もしやすい、ああ、楽です。

仕事はなんとか、こんな状態でもにこにこ行っているのですが、
ボランティアを休もうとしたら、
ボランティアの仲間から、「参加することがどんなに大事かわかっていない」と言われ、
へこんでへこんで隠れて号泣。

この方は、私の家族がわりで、今までも、一人で動けないとき、ごはんを作ってきてくれて、
今回も熱の中、一人で寝ている私を何度も体調を見に来てくれて
一番心配してくれるのですが、その一言がとてもつらく感じてしまい、
「ボランティア、もうやめます」といってしまいました。
そしたら、その方をとても傷つけてしまった様子です。

そして、家では、どうしても、トイレ掃除ができなくて、家族に頼んだら、
とても忙しいみたいなことをいわれ、うがーー!(怒)
こちらは具合わるいんだーー!!
と、なんだか、とても具合が悪くてコントロールできず、今までの怒りみたいなものが出てきて、
腹がたって、後で、一人でドアをボンっと軽く蹴ったつもりが、ドアの柔らかい部分にあたったようで
ドアを簡単に壊す・・・泣く。
自分でもその行動にがっかりしました。
キレまくりの父じゃないんだから・・・・。

そして、そして、友達には、つらいけれど、乗り越えてください、すべてを捨てて、
もう受け入れてください、と、もっともなんだけれど、
それしか道はないのも知っているのだけれど、
なんだかそれができない自分がとてもつらくて、よけい眠れなくなりました。

はぁーーー、よわっちい私を許してくださいTT

でも今日、昼間10日ぶりに続けて2時間を3セットねたら、なんとか立ち直りました。
睡眠大事です。


具合悪くない人がちょっとうらやましかったです。
私の中のくすぶっている気持ちがでてきたのです。

当たり前に食べている人が、寝ている人が、半年前と同じからだの人が
う、うらやましい。元気な父がうらやましい、くそー、父うらやましいぞ、遊びたい放題で!
うがーーー!!!(笑)
いったい、私、どうしたの、この妬み根性!
落ち込み、落ち込み・・・。そしてこの衝動!
なんだこの精神不安定とまるで、よく言う薬の離脱症状みたいな感じは・・・・。

そして、気づきました。

ほぼ断薬していたんです、2週間。それすら忘れていました。

本当に離脱症状の気がします(汗)
体の薬を飲まないとだめだったので、両方飲めない私は、今は体を優先しています。
しばらくそうなると思うのですが、(お医者さん了解済み)、やっぱり、不安定になりますね。

精神薬はいつか飲めなくなるときもあるかもしれないのと、
ものすごい薬ショックがあるので、一日CP換算値で、10ミリとかです。
なんていうか、こんなゴマ粒くらいの量でも、一気に飲むとへろへろするので、
少しずつ少しずつ、何回かにわけて飲んだり、工夫しています。
でも、その量は私にとってやっぱり大事なのかな、と思いました。

体が落ち着くまで、もう少し断薬します。
なるべく平常心とハッピーな気持ちで心を安定させないとです。

がんばります!ウッス(気合)でも無理はしないけれど。

人にはあまり言えなくて、こんな公の場ですが、ここで気合を入れさせてもらいます。

読んでくださった方、もしいらっしゃったら、すみません、ありがとうございます!
妬み根性から解放されるように、向かっていきます。
心が自由にならないとですね。
私の人生の課題な気がします。

精神的に具合悪い方も無理せずにいてくださいね。
自分の精神や肉体が大変なので、なんだかとてもつらい人がいると、
いたたまれないくらい身に染みるというか、大変な方がいらっしゃると、
本当に祈るような気持ちになります。

みんないいい方向に向きますように。
明日もとってもいい日でありますように。

2015年5月15日 (金)

ライフワークを見つけたい

今日も暑いですね。
まだ、治りきらなくて頭がぼーっとしています。熱っぽいです。

私は体の病気上、短い時間、(3、4時間ほど)を区切りをもって、
いろんな仕事をする、というパターンしかできません。

座れない、食べれない、などなど、制約がたくさんあって、
それは年を追うごとに、すこし厳しくなっている状況です。

今のパートは、少し無理なんだな、ということがわかってきました。
精神的には最近はなんとか大丈夫なのですが、肉体的にということです。
こんな少しの時間でも疲れてしまうのですね。
作業所やディケアなどより、よっぽど短い時間なのですが。

肉体が病む、痛みで眠れない食べれないが続く
→朦朧として精神不安定になる
→藁をつかむ気持ちになり、どうでもいい幻聴に耳を傾ける、いつのまにか、支配される。

これが私の統合失調症のパターンなので、
肉体を楽にして、病状をストップすることが大事かな、と思います。

ということで、仕事は、そろそろ手放す方向にベクトルをむけよう・・・かな。
いろいろ経験させてもらったから、感謝です。

最近、職場の同僚から、職員ディナー会にmidoさんが参加するなら、したい!
とお話をいただいて、私がみなさんとご飯食べることはできないので、適当に断ったら、
「時間のあいているときに、またお話したい!仲良くなりたい!」
とのことで、何度もお誘いくださって、涙でるほど嬉しいのですが、お断りするのに苦労しています。
(お断りに嘘をつくのも、なかなかいやです)
私もみなさんといろいろ話しながらお食事なんて、夢だけれど、
でも、残念ながら、私は無理です(しくしく)。
人とお食事をする、ということは、ものすごい肉体的いろんなハードルがあります。
心はとっても乗り気なのだけれど体がおいつかない。

こうやって、心と肉体がいつも戦ってきました。
そういうのはやっぱり疲れます。

外で働くのはやっぱり、無理がある!特に肉体的にTT
たとえ、手帳をとっても、障害者枠にしても、無理ではないだろうか・・・。
それが私の結論です。

さて、ではどうしようかなあ、と検討しはじめています。
外で働くのは無理ならば、在宅でできる仕事も考えていかないとです。

昔、体が口しか動かない方が、HPをつくって、
(体が動かないことは内緒にしていた)電話相談をされていました。
一家を支えるくらい、収入を持っていたそうです。
今は天国にいらっしゃると思います。
その仕事によって、相談によって、
その方に支えられた方がどれだけいらっしゃったでしょう。

その方の生き方も私の心の支えです。

何か私もできることを探さないとです。
楽しく、幸せなことで、お役に立てて、暮らしていけたらな、と思っています。

今、自然を守ることのイラストのお仕事を頼まれてますが、
それは、私のライフスタイルの一環なので自分自身とても幸せで、いいお仕事です。
そういうような、お仕事がもっとないかなあ。

私の興味、というか、少しは詳しいことは、福祉、自然、自然食、自然素材、自然療法、代替医療。
そんなものにひっかかって、家でできる仕事が・・・・素人にあるかしら(笑)
(一般的に考えてありえないけれど、見つけよう、いや、ある!宣言しよ。)

循環していく中で生きていけたらいいな。
いろいろやっていけることを検討中です。
ひとつできなかったら、また新しい何かを開拓するチャンスととらえて・・・・。
ひとつ失ったら、また新しく入ってくる何かがある。

肉体的についていけない自分に少し落ち込んだら、また前を向いていこう。
素敵なライフワークに出会いますように。

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2015年4月28日 (火)

病気後の方がキャパシティが大きくなった

昔体の病気で入院していた頃に、心配してくれて、
お世話になった方から連絡がありました。

統合失調症も知っていますが、知り合いにもいらっしゃるみたいで、
「midoちゃんは今まで無理して、我慢して、感情を抑えてきたの、
それが出てきただけだからいいのよ」

と天使的言葉をかけてくれる方です。

その方とお会いしていた時は、4年以上前。
私は体のことが嫌で、嫌で受け入れられなくて、泣いてばかりいました。
今はその時より、体は、状態が悪いところも一見あります。
でも、そのころよりは、泣いてばかりいません。

「声がしっかりしていて、すごいね!今までで一番落ち着いている」

とのこと。

私は統合失調症になる前のほうが、心の深さというか、キャパシティが狭かったのです。
人に対しては寛大でしたが、自分に対して、とても恐れを抱いていました。

確かに、統合失調症になる前よりできないこともたくさんあります。
覚えが悪かったり、落ち着かなかったり。緊張したり。疲れたり。日々不安定さもあります。

でもそれらを受け入れる度量が大きくなりました。
体の方も受け入れられます。

今までのキャパシティだったら、今の体の体調や体の変化を受け入れられなかったと思います。

同じ統合失調症の方で、病気になってから、職業を考え、ヒーリングミュージシャンに
なった方がいます。
病気になったことがきっかけだったそうですが、二度再発して、かなり薬漬けになったそう。
(今は薬は飲んでいらっしゃらないですが、20年大丈夫だそうです。)
本当にやりたいことをやりたい、今までの苦しみを人のために何か役立てよう、
と決めて、今は世界を駆け巡っていて、
有名な方々とコラボしたりして、人々を癒しています。
それがもうとっても気持ちがいい演奏なのです。

その方も、もちろん精神不安定になるときも、多々あるそうですが、
それらを受け入れて生きていこうと決めて、進んでいる方です。

そんな彼女を見ていると、動けなかったり、立ち止まったりすることは、
何も問題なくて、その経験もすべて人生の羅針盤になるのかな、なんて思います。

私はそんなだいそれたことはできないし、私のキャパシティは、
本当に小さなものだけれど、少しでも、広く深くなって日々を進めることはうれしいです。

Photo

昔カレンダーを作っていました。

このことばはネットで知り合った方の詩で、この詩にあわせて
イラストを描いて、イラスト内に暦をいれて、ミニカレンダーにしたのです。

ひとつの病院に飾ってもらいました。

ある日、体のことでの入院で落ち込んでいるとき、
その病院の仲の良いお医者さんが、
「midoちゃん、今月のカレンダーを見て!見ている方向へ進んでいるよ、って
書いてあるよ、大丈夫だって思っていたほうがいいよ」
と言ってくれました。

でも、その時はつらくて、大丈夫なんて言われても、とてもそう思えなかったです。
見ている方向が暗いものだとわかっていても、それを変える力はありませんでした。

最近は、落ち込んでいても、誰でもきっとその先にはみんな光がある、
だから、無理しないで進んでいけば大丈夫、そう感じるようになりました。

人も自分も心の底から、いい方向へ向かうことを
信じることができるようになりました。

見ている方向は、なるべく明るいほうがいいのだけれど、
明るいのがまぶしくて、つらくて、たまらないときもあります。

そういうときも、実は暗い中にいるようで、その中に光があり、
自然に光に進むようになっている。

大丈夫。大丈夫。ほんとうに大丈夫なのだheart01

今日もありがとう。

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2015年4月16日 (木)

通院・偏見のない先生

先日は通院でした。

私の主治医は、楽観的な人ですが、本当に、本心から、偏見がないのが伝わってきます。

精神科医だから、偏見はないのでは、以前は思っていたのですが、
学生時代の精神病院でのバイトや、実習などで、
必ずしもお医者さんが偏見がないとはいえないことがわかりました。

一般の人も、偏見がある人とない人がいるように、
お医者さんの中にも、その方の生活してきた環境や接してきた情報などで、
偏見を植え付けられることがあれば、自然に色眼鏡でみてしまうのだな、と思います。

私自身も今まで、いろんなことを色眼鏡で見ていたことが知らず知らずに
あるので、そういう方に接した時は、反面教師で、
自分の色眼鏡をどんどんはずすことをしていきたいな、と思います。

最初入院した時は、主治医とは違う先生が、私に
「ここに来たということは普通じゃないのだよ、あなたわかってる?」
と耳元で言ってきて、
「えーーー、精神科の先生がこんなこと言うのかい?」
とびっくりしたことがあります。

でも私の主治医は、

「統合失調症って仕事場にも言っても別にいいんじゃない、
言わなくてもいいけれど、言っても問題ないじゃないですか、何が悪いの?
だって統合失調症は、普通の病気と全く同じで、脳が情報混乱してしまったり、
コントロールできないだけですよ?
何がいけないのかしら?何か言って問題あるかしら」

とあまりに偏見がないので、社会も偏見がなくて当たり前と思ってるくらいです。
社会もわかってくれて当たり前、わからない社会がおかしいみたいな感じです。

いや、仕事場に言ったらちょっとまずいですから(汗)
体のこともいえないのですから・・・。
でも、こういう先生はとってもありがたいです。

そういえば、私が急性期、この先生の部屋に通された時、
現実がわからないくらい朦朧としていましたが、
なんとなくこの症状は、統合失調症といわれると、なぜか感じていました。

幻聴がひどくてひどくて、とにかくここで死ななければ、早く、と信じ込み、
体が勝手に自分の意思とは別に動こうとして、
そんな支配され感がマックスになっている中、
悲しくなって、恐ろしくなって、私が帰ろうと席を立ちあがっても、
しっかり目を見て、
「つらそうですよ、つらそうな状態だから少し楽になりませんか?」
と優しく声をかけていただきました。
その目に、憐れみとか、差別的なものは一切ありませんでした。

私の肉体の病気も結構偏見があります。
お医者さんでも、差別的なことを言われたことは何度も何度もあります。
若い時、一度沢山友人が離れていったことがあります。
でも、最近は、認知されてきて、病気が少しずつ社会に理解されてきているようです。

児童施設にいたことも、かつてはすごい差別がありました。
非行じゃないか、怖いとか、危ないことをするとかかわいそう、とか・・・。
今は、理解も昔とは比べ物にならないくらい進んでいます。

登校拒否も私のころは、学校休むだけで近所中大騒ぎでした。

統合失調症も、メディアの報道で、恐れを抱くイメージの病気になってしまうけれど、
そういう状態になる時期やそういう人もいるけれど、いない人もいる、
そして、それは、病気の症状の一部だということ。

自然に伝わってくる社会が、ゆっくりかもですが、来るといいな、きっともう来るだろう、
と夢みてます。

そして、一方で、どんな社会であろうと、社会はどうあっても、
マイペースでのんびり私の世界を歩いていきたいなと思います。

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2015年4月 9日 (木)

病む時は、病むがよろしく候

先日、体の調子が悪く、痛みが強いあまりに、10回以上もどして、なかなかハードでした。
そういう時は煩悩が全部飛びます。

目の前の痛みで精いっぱいで、あ、やばい、このまま死ぬかも!と思うけれど、
精いっぱいその症状の中にいることしかできず、お手上げ、受け入れ抜いて、自然に任せるしかありません。

もう、本当に、

病むときは、病むがよろしく候、死ぬ時は、死ぬがよろしく候 (良寛)

この言葉どおりです。

家族も慌てふためいて、救急車を呼ぼうか、どうか、迷っていましたが、
私が「ありがとう!大丈夫!」とうめきながらいっていたので、
家族も「ありがとう、わかった」と答えてきました。

不思議で心からのありがとう、というと、ものすごい広がる痛みが小さくなるときがあります。
まあ、ありがとうを毎日何万回言って癌を直した人も身近にいますので、素敵な言葉なんだと思います。

不思議と一日で痛みは去り、今はゆっくりいつものペースに戻りつつあります。
明日のお仕事もいけると思います。
でも、外でやるお仕事は、この仕事以上には今はとても増やせません。
前はそれが残念に思えていたのですが、最近はこれでよし!と思えます。

そして、その次の日、違う部位を見てもらうために、病院に行きました。
でも不思議と初めて、その部位の機能低下をだいぶ受け入れることができました。

うまく言えないのですが、本当に、私の体、頑張っているな~と感謝になりました。
そして、まあ、これでよし!と思いました。

体を受け入れられるなんて本当ありがたい、なんだか、意外に統合失調症のおかげです。

精神もこれでよし!と思います。

統合失調症にかかったこと。
なってしまったから、もうかえられない。

でも、なんだかそれが嬉しく感じた不思議な日でした。

私の意識が少し変わってきているのだと思います。
なので、自分でもびっくりするような、考えがわいてきます。

障碍になったこと、よかった、なんて恵まれているの、幸せ、という気持ちがわいてきて、
後から、え?なんで?なに思ってるの私?とハタと考えなおしたり(笑)

これって統合失調症の症状のハイとかじゃないの?とか確認したりして^^;;

でもそういえば、学生の頃、エイズになった女性が、「エイズという宝物をもらった」
とキラキラとした輝きで話していた記事があったなあ、と思いだしました。

その時はすごいなあ、全然わからないと思っていただけだけれど、
なんとなくその方の気持ちがわかったような気がしました。

精神状態も、まだやる気がなかったり、苦しくなったりするときも多々あります。
でもその時は、本当に、病む時は、病むがよろしく候です。

最近不思議と結婚願望も手放せたのです。
そしたら本当楽ちんになって、なんでこだわっていたんだ~と思いました。

結婚してもしなくてもどちらでもよし、という感じです。
統合失調症になっても、結婚してもしなくても、子供がいても、いなくても、
仕事をしていてもしなくても・・・。

みんな完璧。

すべてOK。なんでもOK。大丈夫。

みなさんも自分もはなまるなんだ、と思う私でした。

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2015年4月 8日 (水)

生きていてくれればいいから

統合失調症になって、なお、無理はきかなくなってきました。
というより、昔の自分を偽りながら生活しているのが大変負担に感じることがあるのです。

昔の私・・・期待されると、自分の限界をこえてまで振り絞ってこたえる。
認められるとうれしい。

そんな感じでした。まあ、自我です(笑)

今活動をしているボランティアの仕事ですが、仕事を頼まれすぎて、
自分の休む時間が足りなくなって、2か月ほどお休みしました。

今まで私がやっていた仕事、役割は、もう違う人に任されていました。
それを知って、少し悲しくなりました。

ここでもう仕事がないのじゃないか、いる意味がないのではないか、という気持ち。

私のやっていた仕事をやってくださった方に感謝の気持ちなんてどこへやら。

働いていたときも、40度の熱があっても、出勤。
付き合っている人に対しても、その人の期待に添えるように、全力を注ぐ。

でも裏をかえせば、期待にこたえて、大事な存在だと認めてもらいたい、
その一心だったと思います。

小さい頃、否定されて育ちました。
存在自体の否定、言葉でも否定のオンパレード。

そういう経験から、とても存在の価値づけをはかる傾向があります。
こんなどうしようもない自分を生きている意味づけをしないと、怖くていられないのです。
でも、それってとっても疲れていたのだと気づきました。

結局、人のお役に立てるとか、認められる、っていうのは、後からの結果。
神様にお任せ。

私はできるときにできることをやっていればいいだけ。心をこめて。
それでOK。

別にいいじゃない、役に立とうが立たなくても。
人が認めてくれようがくれなかろうが。好かれようが嫌われようが。
いちいちそんな存在価値をはからなくてもいいんじゃない。
なんだかどうでもいいことにこだわっていた。
最近そうなってきました。

できないときはできません〜。やれないことはやれません〜。
そうなるとなんて気が楽~。

そして、思うのです。「生きていればOK」「それですべてOK」と。

 

私の入っていた生命保険の担当の方の娘さんが統合失調症だったということをこの前、
入院した時の保険請求の手続きの時、知りました。

保険が出るといっても、最低ラインの保険なので、そんなには出ないのですが、
それでも請求できればとても助かります。
でも、担当の保険屋さんは、近所の方なので、
私の病気を知られたらちょっと気まずいかも?とのことで、
入院した時の保険請求を迷っていました。

でも、心を決めて、この前請求したんです。
病気の名前を知らせたとき、相手はびっくりして、
「私の娘もそうだった」とおっしゃいました。

そうだった、と過去形なのは、その方の娘さんが、
心臓か何かの突然死で亡くなっていたとお聞きしていたからです。

でも実は、突然死ではなくて、自死だったそうです。

その方が私におっしゃいました。

「生きていてくれればいいから」「それでいいから、命を大事にしてください」と。

本当に心からの言葉でした。

私も、今、自分を楽にしはじめてきて、いろいろなフィルターがとれてきて、
どんな存在にも心からそう思えます。

生きていてくれてありがとうと。生きていてくれればいいから、と。

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