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2015年12月26日 (土)

精神保健福祉士を取っては?

私の大好きな一つの仕事はもう仕事おさめです。

いろいろありましたが、前の仕事をしていた感覚は少しずつ取り戻せてきていて・・・・

そして前離職した原因みたいなもの、本当の援助技術を行いたいのだけれど、まったくそのプロ意識が現場にないことで、改革できずに離職した経験があるのですが、そこにまた行きついています。

惰性でやることができなくて、前もつらかったのだよなあ。

そこを改革するにはどうしたらいいか、以前は離職して、姉の病気の面倒をみながら、大学院にすすみたかった・・留学も、・・・それを思い出します。

でも、もうそこまで気持が今の状態でいくのは違う気がしています。
第一お金もないし、都内にも住めないし。
なのになんで情熱はまだあるんだろう(笑)

職場で、「midoさんは精神保健福祉士はもってますよね?」
「あ、違った、社会福祉士のほうですね、精神の方はとらないのですか?」
と聞かれました。

20代は、希望の大学院試験に落ち、とりあえず、
私は精神保健福祉士の資格を取ろうと短期の通信課程に入り、
レポートなどは提出し、スクーリングも、杖をつきながら震戦がありながら行き、
元気なふりをして全くばれずに、無事クリアしましたが、
実習はさすがに体の不調がばれてしまうと思いなかなかいけませんでした。
実習は、2週間必要だったのです。

社会福祉士を持っていると免除科目があるので、
少しの科目の試験だけ受けるだけでよくて、ペーパー試験が通っていたのは確信し、試験後、3月まで実習をすればいいとのことで、リミット最後の最後で池袋の精神病院に通いだしました。

でも2日目で、大量出血。さすがに断念したのです。
達成できなくて、メトロの中で泣いて帰ってきた記憶があります。

そのころは、まったく社会から切り離されてしまい、
やりたいことがやれなくて、とてもむなしくて、犯罪にあって、彼氏と別れて、彼は結婚。
姉は病気で、頼る人がいなくてTT。
犯罪の被害者にかかわりたくないと人が離れていったりもしました。

その気持ちを保つための私の唯一の目標、資格だったので、残念でした。

でも、あきらめたときには、自分のために資格をとろうとしていたのかも、
本当に精神障がい者のことをサポートする気持ちが足りなかったのだろうな。
とも思っていました。
ただ、そのころは、なにをやってもうまくいかず、大殺界とはこういうものかなあ、
と思うときでした。

犯罪の起こした方は警察に守られていました。
また地域の名士の息子だということも守られていた理由でした。
(でもこの方も統合失調症だったのですが、このときも、
全く最初から恨んでいなくて、とてもつらい思いをされてきたことが
伝わってきて、そうしてしまう犯罪行動も理解できました。
犯罪じたいは許せないことではあるけれど)

ただ、体に染みついた恐怖はとても強く、近所の人も怖くてだれも助けてくれなかったので、都会の人間不信も植え付けられて、おまけに、アパートにも評判があるので出て行ってほしいといわれ(涙)
いることはもうできなく、警察にも危ないから隠れて逃げてほしいといわれたので、ものすごい散財しました。

住民票もとられるかもしれない、とのことで、私の居場所はずっとシークレットにしました。
それが5年くらい続いたのです。

またいつかこのことは書きたいかな。
でも本当にその人のことは恨んでいないのだよな。

っていうか、恨めたり怒ったりできたら、本当私はいいのだけれど、
どうしてもその方のことを恨もうとすればするほど、心の痛みを理解してしまうというか。恨むより、その人の悲しい気持ちが伝わってきてつらかったです。

そんなあとの、PSWの病院実習です。
ちょっと怖かったのも事実です。
でももっと精神の世界を知りたかったのだと思います。
自分に与えられたものを乗り越えたかったのだと思います。

統合失調症の方と触れ合ったりして、実際はめちゃくちゃみんな優しくしてくれました。
犯罪を犯すことはいけないことだけれど、そして被害を受けることがどれだけの影響をうけるかを身をもって知っているけれど、でも私はやっぱり統合失調症を憎めませんでした。

まだ若いということもあったのだと思います^^;;
50代くらいの方が多く、みんなほめてばかりいてくださりました。
笑顔でいてくれるだけでもう幸せ!と。
みんなが囲んでくれました。(新鮮な実習生ですからね)
ただ眼がみんなぼんやりしていて、輝きがなかった印象を受けました。

その場所で作っていた革製品のケースなどは素敵だったので、
購入し、今も大事に使っています。

まさかこの13年後、私が同じ病気になるとは思ってもいなかったけれど。

そういえば、スクーリングで当事者も勉強していました。
ほとんどの方が、ケースワーカーやソーシャルワーカーをしている援助者側でしたが、
その中に混じって、心が不安定な中、勉強されていて、「えらいなあ」と尊敬した記憶があります。

まあ、私も通常動けない痛みの中参加してたので、すごいといえばすごいのですけれど^^;;

こういう方がPSWになれば、いいよね、私はもし病気になったら、
そういう人に援助されたいなとも思わせる人でした。素敵だったのです。

そう、援助者側よりも(援助者の多くは、職場で必要だからとらないと、とか、給料があがるから、とかそんな惰性のエネルギー満載だったのです)、その当事者の方は目が輝いていたのですね。
純粋な気持ち、純粋なパワー☆
そして緊張しながらも、とても力を持たれていたのが伝わってきました。

そんな昔の経験をふっと思い出して・・・・。
不思議な気持ちです。

PSWの資格をとる目標はもうすっかり忘れきっていましたが、
今ここで上司にその資格のことを言われるとは思ってもいなくて、
なんだか懐かしい#^-^#

もし、そばに短期養成施設ができたら、やってみるのかな?
(私の地方では、近くにその養成施設がないので、実習が近くでできない)
うーん、わかりません。

私の通う精神病院ではPSWをいつも募集しています。
私が試験を受けたときは、まだ新しい資格でした。
20代のとき、川崎市の精神保健福祉センターで、PSWを募集していたとき、ずいぶん進んでいると思ったものです。
でも今はだいぶ働く場所が増えましたね。

私はこれから社会に出てそういうもので働く?
うーん。わかりません。全然わかりません。想定もしていません。

上司は私が資格を持てば、違う部署に移動させてくれるのかもしれませんし、
勤務も変えてくれるかもしれません。
まあ健常者と思ってこその今回の声かけです。

でも健常者も障がい者も関係ないことは、私は人生の中でいつも感じてきました。

先のことはわかりませんが印象に残った上司の声かけでした。

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