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2015年11月

2015年11月30日 (月)

めでたやめでたや

結婚されるという方の記事を読ませていただいて、
うれしいなー、いろいろご本人は大変かもしれないけれど、やっぱりめでたいなぁheart04
とめでた気分に包まれました。

いいねいいね、よかった☆お幸せに、そっと応援しています。と思いました。

好きな人と暮らすっていうのは、人生で必ずしも必要でもないし、
結婚も必要でもないけれど、でも、そういうご縁があったとしたら、素敵なこと。
そのご縁で学ばせてもらうのだろうなあ。

私は子供も自分自身が作った家族もないけれど、実家で、
「あーー、これ姑と住んでいる人は大変だなあ」という気分になったり
「はーー、子供を持ってもこういう気分になるだろうなあ」と感じることが昔から多々あります。

ええ、例えば、髪の毛ひとつ落ちていると、いろいろ細かく言われたり、
鍋や材料を勝手に使ったことに何か言われたり、時間を周りに合わせないと居づらいとか(これは姑バージョン)
20年、お世話してきた身内に、何も大事にされていないような態度をとられたり、
まだ自分のことができなくて、いちいち頼られたり(これは子供バージョン、育て方間違えた?みたいな)

こういうの、たぶん、お子さんいらっしゃったり、同居していたりされる方の
あるあるなんだろうなあ。

結構日々の生活は大変ですね><;;

きっと私はもし家族を持っても、同じことにぶつかり、そして結局
自分自身を見つめなおすのだろうな、と。

そんな風に思ったりします。

若いころは、好きな人には甘えをもったり、惚れた晴れたで一緒にいればいい、
という気持ちがあったし、一緒に住むのが自然で楽しかったけれど、
今思えば、人との付き合いはどれも一緒だなあ、と。

誰と一緒でも、孤独な気持ちを持っていたら、そこにぶちあたるし、
怒りや悲しみや抑えたものや自分の癖があったら、それが出てくるだろうし。

私はどうなのかなあ、いまは、この体でパートナーと住むとか考えられないだろうなあ。
素敵な旦那様に出会えたらと最初の出だしの日記に書いた記憶がありましたが(笑)
この1年体の症状が進み、ちょっと気持ちが変わってきました。

友達が、midoもし60歳まで生きていて、お互い誰もいなかったら、一緒に住んで
のんびりやろう。と言ってくれます。

パートナーができても、お互い近くにいて、まったりできる距離で
暮らしたいね、なんて。

でも、たいがいそういう話は、友達が相手ができてなくなるのですが(笑)
今までも他の方からも言われたことありますが、みんなパートナーとご縁がありましたし^^;;

でも、まあ、そういう仲間と住むのもいいのかなぁ。

なんて。長生きしたらね。

まずは(8回目くらいの)一人暮らしを目標に☆

最近空がきれいです。

Sora1_2


P1010018

これは職場の前で早朝撮った写真。
飛行機が通ったのかな?

仕事に入る前に少し余裕がある自分にびっくりです(笑)
満月の朝は、とっても美しくてお月さまに吸い込まれそうでした。

これから写真を撮ろうかな。
冬になると、暗くて朝は撮れないかなあ。

仕事は、結構いやがらせがきついです。
職場以外の方に、私がされていることをいうと、
みんなそろって、びっくりしてそんなひどいこと聞いたこともないと。
「私がされたら同じこと報復してやる」と言ってる人もいておかしかったです^^;;かっこいー。

でも職場で仲良くしてくださる方々もいて、たわいないお話しの
お手紙交換なるものをしていてそれは楽しいです。感謝ですね。
何より利用者さんとのつながりが楽しくて幸せ。

みんなめでたやめでたやになぁれ。

2015年11月28日 (土)

歩きたいところ

今日も一日終わりました。

クタクタのヨレヨレだけれど、お風呂に入って、いつも痛くて耐え難いのですが、
今日はマシで、ゆったり入りました。

お風呂は自分の体とか見えちゃうし手入れもあるからちょっと苦手さんです><
精神病院に入院していたときは、私の体を見てフリーズしている女の子がいて、
なんだか申し訳ないなあとぼんやりした頭で思いました。

看護婦さんは何も動じないで、てきぱき私が動けないとき着替えとか手伝ってくれたけれど#^-^#

脱いだらすごいんです、みたいな(意味違うけど)ちょっとね、
自分自身に対して苦手意識はあるなー、時々泣いちゃうけれどね。
だって女の子だもん。・・・ふるい。

病気っていろいろある。
精神の病気も肉体の病気も。

でも生きているんだよー。
精神の病気を持っていても。
肉体の病気を持っていても。

外から見える障害でも
見えない障害でも、
どちらも同じ。

その人が生きているだけ。

今日はボランティアで話したことのない人と話しました。

その方の子供はまだ20歳くらいで、ずっとひきこもりをしていて、
子供さんが自動販売機にジュースを買いにいくことができ、奇跡だ、と感謝されていました。
その人とは、男性だし、ちょっとおしゃべりが多いのですが、気の利いた返しができず、
今まで話かけられたことがなく、話が合わないかと思ったけれど、今日はいっぱい話しかけてくれました。
どんな障害でも関係ないよね、目が見えなくても、心がやんでいても、
みんなすばらしいよね、って話ができて、とてもうれしかったです。#^-^#

あともう一人、「ずっとmidoちゃんに惹かれていて、理由はないんだよ。
ただなんだかずっと話したかった」
とおっしゃてくれる人がいて、なんだかうるうるしました。

最近は周りのすごい愚痴や自分のことや、負のエネルギーに巻かれてしまいそうで
踏ん張っているときだったから、なおさら元気をいただきました。

みんな私の体の病も知っている。精神も。
でもそういうのを見ていない。顔も体も年齢も経歴も、持ち物もみていない。
違うものを見ている。私の命みたいなものを。

私もいつも出会う人の、命を見ようとしています。

そしてもっとその人の深く見ながら、そっと笑っている人になりたいな☆

きっと、どんな状態でも何を持っていても持っていなくても、
障害が違っても、考えが違っても、生まれた環境が違っても、
みんなに通じる、心の場所というか、生き方みたいなものがあると思うんだ。

そこに私はずっといたいなー。
どうでもいい価値観なんてポイして。
自分を否定せず、人を否定せず。そういう所。

たった一人でもいいから、そこを歩いていきたい。
私の歩きたいところ、スペース、場所、そしてここが私の居場所。

そんなところを歩く強さを日々から見つけられたらなー♪
そんなことをうっすら思い浮かべた日でした。

っと、くどくど書いてしまった。

読んでくださりありがとうございます。

おやすみ~。

2015年11月26日 (木)

今日一番のハッピー

寒くなってきましたね。
明日はこちらは、一番の冷え込みになります。

朝5時起きはちょっとつらいかな?

今日も痛くて、ちょっと涙目。
なんとなく落ち込み気味。
アウェイ感に包まれました。

お薬はいま、体の部位の状態と副作用がかなりリンクしてしまうので、頼れません。
大丈夫かなあ、ちょっと不安ですね。1年くらい断薬して大丈夫なのかな~><

昨日、10億円妄想をして少しフィーバーしましたが(笑)
10億円積んで、どんな治療をしても、いまの医療では
私の体の部位は場所により、戻りずらいのだろうなあ、
と思うと、体というのは宝ですね。

どんなお金よりも、かつてすごい宝を持っていたということを実感。
この体を普通に持てていた時には気づかないですね#^-^#

今日は、柿ジャムのケーキとさつまいものチーズケーキを作ったのですが、
柿の方は、ジャムにすでにてんさい糖で甘味をつけてあるのに
かかわらず、アガベシロップを入れてしまい、甘すぎに。
(といってもふつうのケーキより甘くありませんが)

さつまいもチーズには全く甘味はいれなかったため、
なんだか我が家にしては超甘すぎ+超味なしで
微妙なケーキを二つ作ってしまいましたTT::
一緒に口に入れれば問題なし?

でも、柿のケーキを食べた母の顔がとっても明るく輝き
「うまーい!!おいしー!」と超かわいい顔で言ってくれたので、
もう今日の一番の私のハッピーはあなたの笑顔で決定!

スマスマの「おいしー」のゲストの言葉の後の香取君のように
物まねをして、踊ったりしてみました(笑)
・・・・誰か突っ込んでくれよ。(母は知らないのでしょうがない)

今日はなるべく早く寝ます。
おやすみなさい。

みなさんにもよい眠りが訪れますように。

Photo_2

2015年11月25日 (水)

10億円あたったら?

今日はゆっくり朝、お弁当を作りながら、テレビを見ていたら、
10億円あたったら、どうする?みたいなインタビューをやっていました^^

こういうの大好きです(笑)
あたるわけないだろー、みたいな、気持ちを置いておいて、空想を楽しみます!

みなさんの答えは、家を買ったり、好きなものを買ったり、旅行したり、世界一周だったり、
島を買ってジャニーズのコンサートをひらいたり、かわいい答えもたくさんありました。
いいですね~。楽しい。

私は、お金にはこだわっていませんし、別に今のままでも自分が健康が維持できれば、
十分ですし、お金がないなりにとても楽しく使わせてもらっています。
この便利なツールは大事に使わせてもらいます。

でもでも、10億円あたったら!
エネルギーが大きいですね、動かせるエネルギーも大きい!
使い道はもう明確にあるのですぅ。

くだらない、妄想10億円当たりコースを書かせてもらいます!!
かなり、綿密にお金の使い方が決まっているほうです(笑)

まず、私がやりたくてもやれないような活動で、一生懸命やっているNPOや活動に寄付。
(これはいまでもずっとやっていることですが、10億あたったら特大寄付)

寄付だけではあまるので、

自然に負荷をかけなくて、丁寧に作っている方の農業の支援。
無農薬などで作られていて、安心、安全なもので、
売り物にならない形の悪いお野菜、くず野菜、捨てているものを使い、
子供の離乳食、病人の流動食、介護食を作る。それもおーーいしいものを。
すぐに食べれる状態で冷凍して、販売。
野菜の宅配はあるけれど、離乳食などはあまりみないですものね。

子供が元気になって、病人も元気に!
ここの農園との交流もみんなでしちゃう!
材料はあまりものだから経費はないけれど、冷凍して販売するのはちょっとだけ設備がいりますね。
土地は農園から借りれば問題なし。
そんなにコストはかからないだけれどね~。

病院とかでぜひ使ってほしいなー。
元気いっぱいになる作物を使っている農園をいくつもしっているのですが、
あまりものもたくさんで、もったいないよー、といつも思います。

私は流動食で何年も過ごしましたが、市販のものなんてまずいことまずいこと。
赤ちゃんの離乳食も食べましたが、まずいーー。
おいしい流動食は、このまま一生流動食でもいい、って思っていたくらいおいしかったなあ。
誰かお金のある人やってください(笑)

それから子供の教育^^
塾で教えている、個性あふれる教え方をしている小さな教室やかつて経営していた人達などの
ネットワークを作り、その人たちの力を少しずつ借りて、貧困世帯や、身体的、精神的障害、
家から出られない状態の方へ勉強を教える。
そういう方たちの可能性をもっと開いてもらいたい、もったいない!
(これはありがたいことにもう行われているところがたくさんありますが)

それに加え、福祉学生や、教育学部の学生のボランティアを巻き込みたい。
福祉学生は、資格実習の経歴になるようにできたらなおやりやすいし、
教育学部の生徒は、塾の先生から、授業の仕方をただで学べる利点があるということで
集めたい!
塾の先生たちの利点としては、地域への貢献と宣伝、それからちょっとそこに金銭が動くといいな。
自然にいろんな障害を抱えている人との理解にもつながるし、そういう人がどれだけ才能を
持っているかも伝わると思う。
でもボランティアの教育はしっかりしないとですね。

これは、知り合いとこうなったらいいね、と構想を話すことがあります。

あと作業所や、施設で作る品物のブランド化。
ピープルツリーみたいに(世界の貧困層などに、地域の恵まれない状態で生活している村や地域の
人が、自立できるように手に職をつけ、衣類や小物を地域独特の伝統で作ったりしたものを、
労働搾取なく、対等な賃金を渡し、販売する会社)
対等な賃金で売る工夫。
私はピープルツリーのカタログがかわいくて大好きですが、あんな感じに、
すべての全国のそういうもののネットワークで包括して販売ができないかな~とか。

地域それぞれの特色、ご当地ものを主体的に開発してもらい、おしゃれプラス社会貢献、という
付加をつけて、いかないかなあ。
企業から委託されたものを安く作る、より、自分たちが地域のものを生かし、開発したものを、
ブランド化させたいなー、という思い。

あとは、派遣会社。
家で寝たきりなど、理由があって出れない方だって、ちょっとした特技、ちょっとしたできること、
すごい才能の持ち主もいっぱい。
その才能を探して、派遣会社みたいに、いっぱい集めて、
普通賃金より少し安く、そして小回りがきいて、ちょっと頼める、みたいな
サイトを作って、企業や商店、個人が必要なとき、仕事を流すことができるといいなーとか^^

これは世界バージョンでネットワークつくったら、翻訳とかもはいってくるし、
意外と、ちょっとした仕事、需要はあるものですよね。
そういう派遣会社いいなぁ~。みなさんの才能の発掘作業にわくわくしてしまう。

そして、こんな夢がすべてが動き出せば、適材適所、かりに障害を持つ人も、
年をとっていても、病気もちでも、それぞれが働けて運営できるスタッフでやれたらいいなあ、とか。

なんて、なんて、頭の悪いmidoはこんなことをおもってます!笑って流してね☆
自分自身が才能はないの、でも、人の才能を見つける才能は少しあるのですよねー。

お金があれば、まだまだあるのですね^^
犯罪者の更生に、新しい更生ステップを入れたいとか。
日本文化の伝統を伝えるとか。
コミュニティをつくりたいとか。

統合失調症になる前も実は夢の実現に向けて、少しずつ向かっていました。

ある人に出会い、その人は独立して小さな病院を作りたいと思っていました。
土地は、その人が偶然出会った人から、使ってくれと提供してくれるといわれました。
その病院を作ったら、mido、好きなことやっていいよと。
医者も知り合いです。

とってもその方は、私に好意をもってくれました。(同性ですが)
お金もとてもある方でした。

病院を作ることにむけて、代替医療とか、食事とか^^いろいろ構想が浮かびました。楽しい~。
アロマテラピーをしている友人が、私もそこでやりたいと。
料理は、健康料理を作れる友人がやりたいと。
それから、その友人の持っている土地を自由に使って、なんでもいいよ、midoの好きにして。
と言ってくれました。

うーん、本当は人からお金や土地を借りるのは苦手なのですが、
もし借りれたら、ここで福祉系のものをやっていこうかなー、とか、考えていました。
夢が膨らみこれから少しずつ形を作り出そうとしていたところでしたが、
痛みや病気、そして統合失調症になり、終わりました。
仲間とスポンサーがなければできません。

今は連絡さえ途絶えています。
でも楽しい夢を見させてもらった経験には感謝です。

夢の構想の発端は、私が、教育を受けられなかったり、ごはんを食べられなかったり、
福祉学生を指導するような話がでて、とてもしたかったけれど病気で断念した経験だったり、
医療でとても苦しんだり、痛みでやりたいことができなかったり、
恨みつらみで、犯罪の道に行く気持ちを少し味わったり、
逆に犯罪にあったり、
そういうものがあるのかもしれませんね。

でも、こんな願いや夢を描いていると楽しくてわくわくしてきます。
あー、書けて楽しかったぁ。
誇大妄想を読んでいただけた方、ありがとうです!本当に妄想炸裂って言われそう!


みなさんはもし10億円あたったら何をされたいのかな^▽^
みなさんのお持ちの願いや夢がかないますように(^人^)

でも日常も夢をかなえる連続なのですよね。

今日何を食べる、何を着る、誰にメールする、ゆっくりする、誰かに会う。
お店に行ってこれを買う。
顔を洗う。眠る。
一日を作り出して、一日の中に夢を描いている。
自分の願い、そして夢をかなえているのだと思います。

だからどんな状況でも一つひとつを楽しめたらいいな。
小さなことやちっぽけなことなんてひとつもないですね。
すべてはどれもすごいこと。

この何気ない日々が大きな奇跡の連続のように。

2015年11月24日 (火)

生命の川

私という 生命の川は 

あなたという 生命の川と溶けあい

広大な大地を 静かに 潤していく




生命というものを

愛というものを

つかまないで




私は 流れる生命の川

絶えることなく 豊かに流れる 生命の川

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2015年11月22日 (日)

辛いけれど、ありがとう

とってもしんどい感じの一週間が過ぎました。
憎しみ、苦しみ、悲しみ、痛み、孤独。

でも不思議ですね、このブログを開いて、じわわぁと心がゆるみ、ほんわかと、ありがとう、って思いました。
つらいけれど、ありがとう。
そんな気持ちを持てました。

痛かったですねー、とっても痛いのに、みんなそういう時は出かけちゃうんですねー。
あまりに全身に痛みが続くと、さすったりしてほしくなるときが、たまにあるのですね、痛みによりますが。
今回は背中をさすってほしかったですね。
よくロボットでもいいので、痛みをさすってほしい、と思うことがあります==;;

でも近所のおばさまが来てくださり、吐き続けている私をケアしてくれました。
おばさま、昔は、midoは甘えていると怒っている人でした。
我が家はいい家族にみえるのでね^^;;
どうも私が世間知らずの甘ったれにみえるイメージがあるのです。

でも長い付き合いで、とっても私を大事にしてくださる人になりました。
一人で寝込んでいるときも、いつも助けに来てくれます。
精神病院に入院したときも、親戚のふりをして、きてくれました。
一時、インナーチャイルドがとても求めていたときは、勝手に母と思っていたこともあります。

息子さんが私と同じ年くらい。大企業の統括部長だそうです。
息子さんご家族もみんな元気、挫折も何もなく順調だそうです。
なのに、全然自慢もしなくて、こんなへぼな私(笑)と息子さんを同じように大切にしてくださるのです。

よく子育てしてきたことをききますが、
息子さんを一度も父親は怒鳴ったことがないそう。怒鳴らないので当たり前ですが暴力もなし。
おばさまも、息子さんが学校から帰ってくるときには、家に必ずいて、心も健康も大事にしていた様子。

私は衝撃を受けました。
世の中に怒鳴らない親がいるの?えーーー!!!
一日、いや、半日だって、怒鳴られない時間を持つことが困難だったような。
病気も子供のころ早く父と離れれば、
または、だれかが気づいてくれれば、体は嫁にいけないほどの状態にはならなかったのです。しょぼん。

まあ、家族もいろいろですネ。
それぞれが学びがあるのでしょう。
私はこの家族の中で、この環境で何か必要があったのでしょう。

最近は母親もちょっと不安定で大変した。
私が具合が悪くなり、通常運転ができなくなると、やっぱり何かうまくいかないのかなあ。

本当に家を出るときかな。

ただ、私は今まで何度出ても、ありえないことがいろいろありで、戻ってくる、
または身内が私の住む場所に来る、ということを繰り返しています。

いやだから出る、では失敗するのだ、感謝で出よう、と思っても失敗しています。

でもその根底には、私がさみしいということもあるのかな、甘えとか、って思っていました。
そういう心が、いろんな出来事を引き寄せるのかなあ、と。

痛みでたまらないとき、そしてもしもう動けなくなったら、だれかサポートがほしい、
一人で死にゆくのは嫌だし><と。
死んでも、どこにも受け入れられなくて、永遠に一人だったら、どうしよう。と。
そんなことないのに!
でもそんな子供みたいな、私の深い孤独があるのですのだ。

自分の心を鏡に映した一週間でした。

強くなるのだ。
しっかり立って、前をみてゆくのだ。わくわくして生きてゆくのだ。
今足りないのは、自分への信頼かもしれません。

家族もまた、病気の方のお見舞いに行ってくれると言ってくれるしね。
少しずつ、ゆるゆるで、よくなっていっている、あとは流れにお任せです。

痛みが強いときは、対人関係がぼーっとして、失礼があったり、いつものmidoではないときがあります。
ブログでもそんな感じがあったら、ごめんなさいネ。お許しください。

しんどくても、でも、朝の空の美しいこと!
職場での優しい利用者の一言や、
子供の寝顔や、顔に光る産毛(マニアだな)の涙がでるほどかわいいこと。あーー、かわいい。
しんどい中でも癒されてうるうるとした一週間でした。

おまけにブログを書いていたら、だんだん幸せ気分に包まれました。
うん、やっぱり、よい一週間だったんだなあ。

よし、明日は掃除だ、掃除。

冷蔵庫の掃除とまだしていない衣替えたちを(といっても私は衣類はほとんどないが)明日こそしないと☆
年末に向けてというわけでもないですが、少し家を掃除しますぞ。

窓ガラスとサッシの掃除が難関。
寒くなる前にやらないと。
私と同い年くらい古い家なので、四方八方に窓ガラスがあるのです。
今は防犯の面なのか、窓ガラスが少ない家がおおいですよね。

ガラス拭きのmidoでしばし挑戦します!

よい夜を~☆彡

2015年11月16日 (月)

命のゆくえ

この3日は痛みが続いて、仕事へ行ったらへとへとで家事や掃除が簡単なことしかできず、
母に負担がいったようで、ちょっと機嫌が悪くなり、ああ、この前働いたお金で
旅行にも行ってもらうし、この前もエステを出したし、家事も最低限やっている、
もうこれ以上どうすればいいの・・・・

などなどともんもんとしばらくして・・・
ふっと、自分と相手の間に取引のある心があることに気が付きました。

ふふふ、それに気付けてよかった。

こんなに精一杯やっているのに、私やってあげているのに!どうして?
みたいな(笑)

そういえば、母もよく同じことを言っていたなあ。
なかなか治らない私の病気をそうやって受け止めていたことがあるんだろうなあ。

そんなことに気づいたら、あのときの母の気持ちが理解できました。
そしたら、なんか気持ちが楽になり、ゆっくりと夕食と明日のお昼を作れました。

でも、きっと、私は家を出たほうがいいですね。
私が家を出ると、いろいろと家で問題が起きて、帰ってくる、その繰り返しをしましたが、
今度こそがんばってみようかな。
一緒に暮らして事業をしよう、とかの話もありましたが、
やっぱり、一人でやってみよう、と思いました。
まあ、貯金ゼロですが(笑)
家にお金もいれたいし、ちょっと大変かもだけれど、方向性は決めておこうと思いました。

そのあと、家に遠赤外線の温マットがあるですが、そのマットに体をあてて、
痛みを緩和してましたが、どうにも取れない。

今日干した布団に横になったら、太陽の温かみで痛みにジンジンと響きました。
やっぱり太陽の光はすごい。
月の光も痛いときは、楽になったりしますが、太陽もすごいパワーです。

遠赤外線も、午前中の太陽光線と同じといわれていますし、このマットで病気が治った人が
身近にたくさんいますが、やっぱり自然のものには勝てないのだなあ、と思います。

自然はやっぱり偉大だな~
やっぱり自然に何かお返しすることをもっとしたいな、
と、そんなことが頭に浮かびました。

私が一番大事にしたいもの、そういうものを大事にできる生き方ができれば
私は幸せなんだろうな、って。

それには、社会の今のどうでもいい価値観とか、消費社会の戦略とか、
概念とか、人の目とか、競争社会に揺れない心を持たないとなあ、なんて。

病気になる、ということは、新しい生き方のきっかけだと思います。

病気になって、社会復帰、それもすごい、けれど道はそれだけがすべてではない。
社会に復帰しなくても、新しい道を、新しい生き方をしていってもいいのでは、と思ったり。

社会や人の中でしんどくて、競争社会で頑張りすぎて、人と比較して頑張ってきて、
心が疲れてしまったのなら、その社会に反発はしなくてもいいけれど、
無理に迎合しないで、新しい自分の生き方を見つけてみようかな。
ドロップアウトもいいなあ、と思うのです。
そんなことを太陽の光をたくさん含んだ布団にくるまれて、癒してもらいながら
思い浮かべたのでした。

ブログ村の方が旅立たれたことを知り、とても心が揺れました。
ご冥福をお祈りいたします。
幸せな世界の中にいらっしゃることをお祈りします。生きてくださったことに感謝をこめて。

そして私も40まで生きられないかなー、と思っていたのが、ここまで生きてこれて、
自分の命のゆくえをこれから、もう少し力をもって照らしてみたくなりました。

私は生きていくこと、死ぬことが、統合失調症になって恐怖の体験をしてから、とても怖いです。
並々ならぬ恐怖、という感じ。はぁああ。
でも、恐怖に負けないで、生きていけたらいいな~☆

おやすみなさい。今日もありがとう。
読んでくださりありがとう。

2015年11月13日 (金)

出会った人に助けられている

こんばんは。

BBAmidoです^▽^(と最近自分で言ってはまっている私)
あ、でもあんまりいうと余計加速するかしら?
気持ちだけでも若くいないと!

私のお世話になっている社長は、30代のはじめの頃からの付き合いなのですが、
出会いの最初は、若くみられたのかとってもベタベタしてきたのに、
(30代の時は、未成年によく間違われていた・・・それもどうかと思うが==::)
今は
「40代のmidoなんてばばあだな、論外だな、女で40代なんて終わりだな!
女は30までだな」
と平気で言っています。
オイ、アンタ、それ社会で言ったら、女性に叩きのめされますよ、みたいな。

まあ、私はBBAでもなんでも結構ですが、40代以上でもみなさんおきれいで輝いていますよ!

その方は一人仕事でかなり稼いでいる方ですが、ご家族が(離婚されて)いません。
もともとは私の友人ですが、私も私の家族も仲良しになり、
その方が家を建てたら一緒にみんなで住まないか~とか話してくれる不思議な関係です。

私自身、小さいころは、一部屋で12人で寝るような施設に住んでいたり、
一時保護所ではいろんな人と寝泊りしたりして過ごしてきたので、その人たちとは、
そのときは心から家族だと思っていました。

血のつながりの家族がすべてではありませんね。
ほっとする空間、繋がる空間があれば、家族かな~なんて勝手に感じてしまいます。
もちろん相手には迷惑なので、そんなこと言いませんが(笑)

今働いている職場の方々も、どこかで家族のような感覚を持っていますし、
ボランティアのおつきあいの方も、知らず知らず、家族ぐるみになりありがたいです。

私の家族はとても閉鎖的でした。
絶対人をいれない。ここから先は絶対入らせない。みたいのがあったのですね。
それがとても苦しかったのです。
私の友人も姉の友人もmido家が怖くて寄り付きませんでした。
人の批判もよくしていました。

人が家にあがることもなく、周りの価値観をみようともせず、狭い中で完璧に親の考え方一筋。
それを壊すことは、私自身にはどんなに頑張ってもできませんでした。

でも、家に帰ってきて、
近所のおばさまと仲良くなり、近所の方がようやく家にあがることが大丈夫になったり、
親との会話がはじまりました。
そして私はそのおばさまたちのよいところや感動したエピソードをそれとなく家族に伝えたりする。
そんな地道な作業が、いまようやくオープンで人から学ぼうとするmido家につながっています。

誰に対しても平等な人。
自分も親の介護をしながら、いつも明るく(midoの父の愚痴まで聞いてくれる)おじさま。
子供の看病に愛を傾ける母親。
社会にしばられない社長。
環境をよくしようと頑張っている人。
病気と付き合いながら、精一杯生きている人。

私と出会ってくださったみなさんが、私の家を変えてくれました。
いや、私自身が結局一番変わったのかもしれません。

今日はボランティア先で仲良くしてくださる、8年前から癌で再発したり入院したり繰り返している
方のところへ、私ではなく、家族がお見舞いにいってくれました。
その方は私が具合悪いときに、お花の先生なので、お花をよく届けてくださったのです。
そういうやさしさが、家族を動かしたのですね^^

「midoちゃんが頑張っているから私も頑張る」とその方は言ってくれていたそうです。
統合失調症になったことを落ち込んで伝えたとき、
「アサイチでやっていたけれど、社会復帰できる病気なんでしょう?絶対大丈夫よ」
と笑顔で言ってくれた方です。

今、腹水がたまってとても危機的状況で、体がつらいでしょう。
それでも私に手作りの玄米スープのお土産をくれました。
先週もきれいに作った花のアレンジメントを、人づてに届けてくれました。

mido家も、今日のお見舞いのように、定期的に、私が忙しくても誰かが行ってくれることが
本当にうれしい。
だれかのことを思い、行動しようとしているのがうれしいです。

人に傷つけられることもとても深い。けれど、助けられ学ぶことも本当に深いものです。

私も今、ちょっと大変だけれど、みんなの生き方の応援を背にが~むばるぞ☆

2015年11月11日 (水)

よい日のはじまり

朝早く、昨日の内職の不備があり、クレームの電話で起きましたーー;;
また怒られるかな?これから平謝りですね。帰ってきてから、やろう。

うーん、よい日のはじまり(笑)
ミスmidoは健在ですね(ミスをするmido)

連ドラの主題歌はいつも仕事場で聞くのですが、なんだかうるるっときます。
AKBも知らないmidoですが。
朝のはじまり、という感じです。
朝は、できるときは、そっと朝日を眺めて、ただ手を合わせます。今日もいい日。ありがとう。

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2015年11月 9日 (月)

自殺・限界を超えない

midoはこの病気になって、自殺実行がとまらなくなりました。
そして自傷もひどくしました。
この病気の症状については、以前書いた1回目の続きをいずれ書きたいので、
そのときとダブってしまう内容になるかもしれないのですが、少し書かせていただきます。

症状が最高潮の時は、
もう思考が完全に「死なないと迷惑がかかる」「世界で私は一番汚れている」という世界に
溺れてしまいました。

私は、首つりを一回、自分で首をしめて3回気絶、病院でも一回実行して、目の血管が切れ
目の中を出血させました。
あとは、自傷行為。
目に、体の痛みを止めるための電気治療の電流を直接流す、歯を抜く(涙)←ただでさえ
私は粘膜が弱いため歯が大変なのに、あまりにも痛くて、耐えられなかったのです。
そして自分の病気は自分の罰なのだ、と思い込み、自分を傷つけないといけない、と思ってしまった。
(でも影で病気から抜け出したい、という反動もあったのだと思う、病気のところばかり自分で攻撃したから)

顔をカミソリで切り刻もう、指をとろう、と本気でしました。
私は心も体も汚くて、本当に、それが一番ふさわしいのだ、家族のためにそれしかない。
それしか道がない、ああ、もう道がないのだと完璧に思い込んだのです。
(ずっと言われ続けた、殺す、死ね、という親や施設の先生の言葉も深い中にしまってあったのだと思う)

死にとりつかれた、という感じです。
病気の症状は本当恐ろしいものでした。

だって、その前は、死にたいと、何分おきにいってくる人たちに、大丈夫といつもいつも連絡を返して、
励まして、命は大事だと深くから思っていたのです。
midoちゃんに相談すれば、大丈夫。
そうやって頼りにされてきました。そういうエネルギーを私は、使いすぎたのかもしれません。

死にたい、と半狂乱で言ってくる人たちは、親から性的虐待を受けたり、集団的に暴行をうけたり、
病院でもカウンセラーでもあたためてもらえないほど、苦しい、とても胸の痛いものでした。

私はその悲しみと苦しみに何年ものまれないように、必死にコントロールしてきましたが、
気持が痛いほどわかり、共鳴しすぎて、昼も夜も心が痛くなり、そのあとに吐いたりしました。
自分の限界をこえていたのです。
相手の気持ちが強すぎて、自分の気持ちと一緒になってしまいました。
それに体の痛みという要素も加わり、自殺に向かったのだと思います。

私は実は、高校のときもアスピリン系をODをしたことがあります。
このころも精神がほんの一時ですが、やんでいたのでしょうね。

施設から出て、地元の高校へ行ったときの先生からの差別。
家での親との関係、久々に帰ってきた家でのなれない生活。父の怒鳴り声、いつもびくびく。
生徒からのいじめ。まあ、いじめのある学校だったので、私のいじめなどたいしたことなかったけれど。
付き合っていた彼が、親友と同棲をはじめたこと。などなどが重なっていき、
そして極め付けは体の痛み。

限界をこえたのでしょうね、私は薬ショックがありますが、幸いそのときは、
飲んでしばらくした後、何やっているんだ!と正気にもどって、自分で吐き出し、フラフラになりながら、
誰にもばれずに学校に行きました。
でも、そのときの後遺症、血液が固まりにくい、というものが残っているのです。

2年前の自殺の時は、もう途中で正気に戻ることはなかったのですね。
病院で拘束して2日たたないと、正常にならなかったのです。
後遺症も残りました。小さな血管が目も首も切れ、いまもいろいろ支障がありますが、命は無事でした。

この自殺を図る前は、痛みで気が狂いそうでした。まあ、狂ったのですが(汗)

先月、私は、久々に大きな痛みに見舞われました。
自分の痛みレベルからすると、10段階で9.5くらいです。

一か所に自分の体を置いておけなくて、ヘッドバッキングするように、はいまわり、
極限状態になり、気絶しました。
その前に薬を母に飲ませてもらったのですが、
薬が効くのが間に合わなかったのです。
そして以前のように痛みは長続きせず、2日で痛みは7.5くらいにレベルダウンし、
普通の心になりました。

気絶寸前、思考は穏やかなときもあるけれど、時には恐怖になります。
「こんな痛くてなぜ死なないのだろう、ならば、死ぬときはどんなに痛いのだろう」
「神様はやっぱり私に罰を与えているのではないか?」
という感じになります。

少しでも落ち着けば、すぐ平常運転、平常モードに切り替えられるのですが、
やはり限界、というものはあるのだなー、と先月の痛みで妙に納得しました。
この2年、こんなに強い痛みはなかったので、すっかりこの精神状態を忘れていたのです。

この痛みが日常に十何年続き、周りの環境が悪かったら、
やっぱり私にとっては限界、自殺に追い込まれて当たり前だなあ、と。

私は特別に痛みが強いのだそうで、そのせいか、昔から痛みにたいしても、耐えることができます。
虫歯も手術も麻酔を使わなかったり、ほとんど使用しなかったりします。
だから、この痛みを耐えることができると信じていた、けれど、やっぱりやっぱり私にも限界があるのだと。
はじめて、ああ、そうか、人には限界があるのかと。

何が言いたいかというと、人には限界があるんだな。と当たり前のことですが^^;;


私の精神の不安定は、体の原因が主なのですが、
それでも環境、いろいろな要素が絡まります。
小さいころのトラウマも顔を出してしまうこともあります。
そういう要素が多くなっていくと、限界マックス状態を作りやすいです。

無理なときは動かない。
明るくできないときは、明るくしない。
明るくして少しでも楽になりそうなときは、明るくする。
落ち込めるときは、落ち込む。
落ち込まなくても、いけそうなときは、落ち込まない。
人が怖いときは、人といて疲れるときは、自分を守る。
ゆるゆるでいく。

そういう日々の自分の選択、自分を大事にして決めていくこと、
そしてどんな内容でも、自分の決めたことに誇りを持つ。
その決めたことよって、何かあっても後悔しない。
反省があればそれを生かすだけ。

自分に感謝していく。
その積み重ねが、限界、マックス状態をつくらない気がします。

私はまだまだそういうところが本当に未熟なのです。

たぶん、この病気になる方の特徴の一つに、周りのことが気になって、
自分の本当の心がよくわからない、ということもあると思います。

相手や環境や出来事のかかわりあいの中で、
自分のバランスをとるのが難しくなるのだと思います。

自分を大切に。

自分のことは、だれでもない自分自身が一番わかってほしいと思います。
惜しみなく自分を愛してあげよう。

社会や家族は価値観の中で自分を見るかもしれない。
外見で、持っているもので、病気で、経歴で見るかもしれない。

それはそれ。ほっといて、自分だけは、ただそのままの自分を見てあげよう。
そして一つひとつ自分の行動に自信をもっていこう。

その先には、ゆったりした自分に出会える気がします。
この病気になったおかげで、まったく見えてなかった
自分の足元がようやく照らされたような気がしています。

一歩一歩歩いていこうと思います。
これからどんな生き方になるか、楽しみにいきたいな。

命をたたなければいけないほど
追い詰められてしまうことのない社会になりますように。
みなが生きていける社会になりますように。
心の痛み、体の痛みが世の中からなくなっていくほど、あたたかい世界になりますように。

そして自分を大切に。
愛してあげよう。

ちょっと重めの内容でした。ごめんなさい。

2015年11月 8日 (日)

いろいろな波の中で

今月はもう3本ブログを書かせてもらえて、私にしてはがんばるね、すごいね、な勢いです。

病気以前にやっていたブログも月1ペースだったりしました。
パスワードがわからなくっていて何年かアクセスしなかったブログに先月、
コメントをいただけていたことに今気づきました。
もう管理画面もみていなかったので承認コメントに気付かず、ようやくパスワードを作り直し、
いただいたコメントを読みました。
本当あたたかい言葉で、お返事が遅くなり申し訳ないな、と思っています。

表現した場所ではしっかり管理しないとですね。反省。
私のブログに来られる方は、人数は少ないとは思いますが、
でも、お一人ひとりの力をいただいているのですからconfident

今日は仕事先の利用者がいろいろと憤慨気味でした。
私が出すぎることがなく、相手とのかかわり、
相手の主体性を維持することの距離感を取るのが取りにくい日でした。
見えない暗闇にいるように手探り状態だったぁ。

ピタっと寄り添い、お互いを尊重するよい距離の時は、もう、ビンゴビンゴ!なくらい
よいエネルギーと奇跡があふれるのですよね~。
本当に人とのかかわりは、繊細でダイナミックで、すばらしいものですね。

ここで丁寧に動作すべてで表して対応するとよい流れになる、
ここで時間をかけて共有することが大事、など、
細かいとこを気を付けて行動していますが、その落ち度もなし。
欲をいえば、私がもっとハッピーパワーと、元気パワーを持っていると
よい影響を与えてあげられるかな?
まあ、とりあえず、こちらの落ち度はない、余裕もあり。大丈夫、ということを確認しました。

ただ、相手の機嫌が悪いのですね。日々の我慢もあるのでしょう。
怒りたい時もありますよね~。
当たりたいときもある。
いろいろな感情の中、日々の中、みんな生きている。
ありがとう、ありがとう。
きれいな魂たちに感謝です。

生きていてくれてありがとう。元気で幸せな日を過ごしてね。
そんな気持ちで帰ってきました。

私が一番目指していた、というか、やりたいな、と思って勉強していた
分野はソーシャルワーカーさんなのですが、若いうちはまだいいかな、と思って
現場を選び、そして結局今も縁をいただいて、それがとても楽しくて、ありがたいです。
いつまで続けることができるかわかりませんが、(まだもう少しあるかな?)
大切な時間を利用者と共有できて、うれしいですね。

若い子と接することもあるのですが、
ちょっとその子の口の中の臭いが、添加物や、冷凍食品食べ過ぎなのですね。
若いから今は元気ですが、舌苔もものすごくて、その色といい、歯茎の感じといい、
体はSOS、負担になっている感じです。

冷凍食品とお菓子類の強い味に慣れているから本人は苦痛を感じないのですが
かなり内臓は代謝できなくなっている様子。
ここから先が長い、若者にとっては、今気を付けてあげたいなあ。
本人は気を付けられないので。

うーん、脂っこいもの、甘いものを食べたいのはわかるので、手作り料理を取り入れてあげたいなあ。
ガツンとくるものを作って、冷凍食品などを少し減らしてあげたいな、とよく思い浮かべます。
そうすると私の勤務も増やさないといけないので、まあそこまではできないのですが。

親はお仕事やいろいろ忙しくて、なかなか気づく余裕がないのかもしれませんね。
今大事にしてあげたいなあ、と思う私です。

もし私がそこまでのケアに入る勤務になることがあったら、できる範囲でそうしよう、と思っています。

毎日の体のにおいとかで変化わかりますね^^
私自身もそうですが、家族が外で何を食べてきたとか、つまみぐいを何かしたとか、
風邪気味になっているとか、だれかと会ってきて落ち込み気味とか、すぐ気づくタイプです。

midoには嘘つけないなあーー、といつも言われます。まあ嘘ついてもいいのですけれど(笑)

毎日生きているということは、変化の連続。
いろいろな波があって、いろいろなことがあって、生きている。
天気や食べ物、自分のメンタル、ボディのコンディション、環境、そんなもののなかで
バランスを保ちながら、命を継続している。

いろいろな波の中で、日々生きているってすごいね。奇跡だ。
今日もありがとう。

2015年11月 7日 (土)

夢かなう

仕事帰りに、ずっと通ってみたい川沿いを歩いてきました。
春は桜や菜の花がとてもきれいで、気持ちよかったお気に入りの道です。

最近はコスモスが咲いていることを知っていました。

2015110709440002


(画素数が低くて画像が荒くてごめんなさい、ずっとコスモスが川沿いに続いてます)

タイミングと調子が合わないとなかなかこんな素敵な機会を持てないのですが、
仕事帰りに余裕があり、秋のコスモスを見ることができました。
なんてラッキーなのでしょう!

ただあまりのんびりはできませんでした。

ちょっと体が痛いのと、真夏のハードスケジュールといろんな人間関係のストレスで肌が荒れて
紫外線対策すらできないくらいボロボロ。日に焼けると免疫が落ちるので(涙)

肌の老化は本当ひどくて、毛穴だらけになり、毛穴でできる口まわりのしわが数え切れない!
細かいしわが200本くらい(笑)
肌の老化ってこんな一気にくるのでしょうか^^;;昨年はしわ一本もなかったのに。
でも白髪も顔の周りに一気に増えたので、みんなこの夏のストレスなのでしょうね。

BBA(ばばあ)midoには、(ふつうの40代,、50代はBBAではありませんよ!みんなキラキラお若いです。
ふつうの60代のほうがmidoよりお若いです^^;;)
ちょっと秋の日差しは強すぎるのです。
そんなわけで、日光はもともと要注意なので、少しだけ眺めてきました。

あーー、もし体力回復したら、今度はお~~いしいハーブティを入れてきて、
仕事帰りにここに座ってのんびりのもうっと!うふふ、楽しみ、楽しみ。

川にいる鳥たちや、人の流れや雲の流れを眺めて、とってもゆったりしました。
こういう時間は、この精神の病気になる前は、一番贅沢な時間でした。
そんな贅沢な時間を過ごせるようになってきたこと、私の感覚が戻ってきたこと。
うれしいです。

もう戻らないと思いました。
病気の後遺症なら、しょうがないとあきらめていました。

ようやく自分の立ち位置、みたいなものがしっかりしてきた感じ。
病気になり、自分がどこにいるのか、だれなのか、何をしたいのか、何を感じているのか、
これが本当なのか、嘘なのか、私の感情って?私の思考って?
生きているの?死んでいるの?当たり前のそんな感覚が、まったくわからなくなってしまっていたので・・・。
症状がつらかったです。

なので、今日の穏やかさを、本当によかった!と思いました。

そして、家に帰ってきて、ごはんを作るぞーと思っていたら、宅配が!
うふふ。ブラボー!

2015110710220000

冷凍食品!リッチ!きゃー。
冷凍食品は高校のときのお弁当で少し使った記憶があるだけ。
それからは、マルビの貧乏だし、遠い存在でした。

今回、念願叶い、急なお弁当づくりの時、そしてmidoがしばらく留守をするときに使おうと、
添加物なしで、野菜もいいものを使ったものを購入したのが届いたのです。安いのですー。

う、うれしーー。大豆ミートハンバーグ、大豆ハムカツ、ベジハム、野菜餃子、大豆ミート唐揚げなど。
(すみません、ベジばかりでマニアチックで)

家の冷凍庫には、肉のハンバーグもカツも、餃子も唐揚げも、
肉じゃない、野菜オンリーのものも両方沢山冷凍してあります。
でもでも、やっぱり、あると、いざというとき楽な気がします~。

はじめての冷凍食品(^^♪(きてれつ風)
大量の食品を「もーー!冷凍庫に入らない!」と言いながら、
パンパンの冷凍庫にいれるとき、自分の顔がにやにやしていました(笑)
あ、あやしいBBA・mido!

ただ、これが偽物、怪しいものを食べると、体に出てしまう姉が食べられるか疑問なのです。
安心食材、肉なし、会社の方針も私の好み、さてさて、大丈夫でありますように><!

ハンバーグを食べたら、ツナのようでした。うーん、はじめての味。
これはみんなツナか鶏肉だと思うのでは?という感じ。
今度肉好きの人にどんな感じか試しに食べてもらおう。

大きいハンバーグは一つ100円くらい、餃子が一つ30円くらい。
材料費を知っているので、安全なものを国内で作っているわりには、安い、十分。
ただ一食200円食卓の我が家には、ちょっと贅沢☆

リッチ、リッチ。今日はこの余韻に一日浸りながら、
やっぱりリッチな冷凍物は最終手段にして(笑)、
マルビのしみついた私は、家ごはんつくります( ̄^ ̄)ゞ

夢がかなってありがとうの日でした。

っと、これを書き終えるところで、今度はミカンの宅配プレゼント。キャー☆

2015110712310000


美しい~。きれい~!
このミカンは夏に一回だけ黒点病対策の消毒をするだけです。

この農園の方を尊敬しています、下手な漫画でこのみかん農園さんの説明をしたことがあります#^-^#
私の住む地方ではみかん産地なのですが、このみかんは県外のものなのです。
でもわたしの住む地方のものよりおいしい><

欲しい方にこのブログ越しに届けられたらいいのにな~。

今日もありがとう。
読んでくださってありがとう。

2015年11月 5日 (木)

新しい病院を探すの巻

入院の時から受け持って下さった担当医が変わりました。
ガーーン。残念でなりません。

私は予約した日に行かないこともよくありましたし、
(仕事が忙しかったり、熱が出たりして、延期してもらったりしたので)
この一年は先生との会話自体もほとんどなかったのですが、
観察眼があり、私の体質、短所、長所も
よく理解してくれ、前向きで、よい先生でした。

一番のすばらしい所は、絶対否定しない所、
そして統合失調症を特殊な病気だと思っていない、
ただの医学の研究材料とも思っていない、
精神の病気の方を自分と別のもののように扱っていないところでした。

そこが一番好きかな。そういう感覚は、もう目や顔に出るものです。
態度をとらなくても、隠していても、たとえ口では違うといっても、必ず伝わるものです。

入院した時も、とてもいい感じでしたし、存在自体が素敵でした。
あの先生が担当でなければ、私は薬漬けで死んでましたし、心も荒廃していました。
人気の先生で、先生目当てに、転院してくる人も老若男女問わず結構いたようです。

2か月に1回、かわす言葉が少なくても、ほんわか元気を頂いていました。
沢山の患者さんを、自分の許す範囲でなるべく上手に対応していたのでしょうね。

病院をしばらく休職するそうですが、復帰の予定を聞くと、
ちょっとにごして、わからない、と答えました。
うーん、これ以上は聞けない、と思いましたが、
何かご事情がありそうな様子でした。
にごしている先生の目がうつろで、輝いていなかったので、
あまりよい事情ではないのでしょうね><

ご結婚されているので、妊娠とかで休職だったらいいのですが、
そうではなさそうでした。
うまくいえないけれど、早くこの病院から去りたい、という感じが伝わってきました。

病院は地元では一番大きい、入院設備が整った病院なのですが、
とにかく先生の出入りが激しいのです。
女性の先生は病気になったり、必ず辞めて行きます。
女性にとって大変な環境なのでしょうね。
たぶん、入院したときの私が感じた感覚から、病院内でかなりいろいろあると思います^-^;

こんな優しくて、よい感じの先生はこの病院に長くいないだろうなー、
と思っていたのですが、残念、その通りになってしまいました。
先生、本当にお疲れ様でした。感謝です。
できれば、どこかでずっと精神科医を務めていてほしいな。
精神科医やめないでほしいなあ。

この先生がやめたら、この病院で診てもらうのをやめようと最初から決めていました。
次の先生も悪い先生ではなさそうです。

特別、嫌ではなかったのですが、待ち時間も長い大きな病院で私にとっても、負担もあり、
やめることを決意しました。

探すは個人病院。

今、候補にあがっているのは、
近くに住む友人がお勧めしてくれたその方が通われているクリニックと、
東京に体の病院に定期的に行くときに近くにある、統合的に診てくれて
薬も否定しないけれど、代替医療も否定しないクリニック。

この二つ、両方行ってみたいな、と思います^^

でもやっぱり東京は、遠いから大変かなあーー。
近ければ毎月受診でもいいのですが、遠いとなると・・・・。
3か月に一回とか4か月に一回とかになってくれればいいのだけれど、無理かな?
前、どなたかのブログで4か月に一回受診されている方がいたのですがどうなのかなあ。

今実は体の事情があって、5月頃からほぼ断薬中なのです。
お薬はいただいていますが、飲む量は特別に自分で決めてOKと言われています。
これは、他の先生にはなかなか通じないかもしれません。

私の病気が特別軽いということではなく、入院中、感染症になったりしたときの薬の対応とか
みていた先生が、私の体質を目の前で理解し、しょうがなく、という感じですね。

私は例えば熱が出ても解熱剤は、一才児の薬の量の半分で十分なのです^^;
(それ以上飲むと、気絶したり、呂律がまわらなくなり、血圧がぐんぐん下がり、
体が震えだし、ショック症状になります)
その量で十分熱は下がるのですね。
体の薬も、飲むときはびっくりするくらいの少量を飲んでいます。
何種類か飲むとものすごい副作用があることもあります。

市販の風邪薬すらも、気を付けないで飲んだら、本当に意識不明のデロデロになっちゃいます><
これで今まで何度倒れ、病院に運ばれたことか~。
この体質を説明するのもちょっと気が重いですね。

小さいころから強い薬といろいろ共存してきた私ですが、
やっぱり、精神系お薬はホント強い!というのが私の感覚です。

2年前の今ごろは・・・まっすぐ歩けなかったし、震えながら前のめりになり、
どんどん足が小刻みに動いて、目は焦点があわず、口は勝手に動き出すし、
わけわからない感覚と戦っていました。

体が落ち着いたら自分に合う量をみつけていきたいです。

私の住む地域の精神科はどこも初診は2か月や3か月待ちなんです。
ちょっと待つけれど、がむばって行動してみよう、と思います。
パワーが必要ですね~。

でも友達が通われている病院は、安心で、心強いです☆

新しい医院へGOなのだ。

2015年11月 4日 (水)

秋色カーテン

夏の眩しさを遮るように
秋色のカーテンが舞い降りた

夏の煌めきも悲しさも
すべて秋が隠してしまう

夏を生き切った蝉は
どこへ行ったのだろう

夏を彩った向日葵は
いつ消えてしまったのだろう

夏に生きていた私には
もう二度と戻ることはない

秋のカーテンにゆられながら
また新しいいのちを生きていく

高い空に秋色のカーテン舞い降りた

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

渋柿が200個くらい送られてきました。

そのままでは渋くて食べられませんね。
渋柿を食べると便秘になっちゃう!

てなわけで、少し焼酎につけて渋をぬき、
残りをすべて干し柿に。

2015102911390001

きれいな柿たち。

2015103110030000

剥いても剥いても終わらない^^;;
こういうことやる農家さんを尊敬。

でも単純作業が好きなので、楽しいです。
そういえば、精神病院から退院した後は、単純作業が本当に心を軽くしてくれました。
単純作業効果ってすごい!

柿の皮も消毒ついていないので捨てないで、干からびるまで干しちゃいます。
煮物などにいれて、砂糖がわりにしまする。

2015110313180000


おお、柿のカーテンだぁあああ。
秋のカーテンだぁああ。

この干し柿をなますなどに入れるとおいしいですね☆
midoおせちには必須です。
サラダなんかにも入れちゃう人です^^;(人によってはNGですが)

やっとズラズラと干し終えたところに、今度は甘柿30個以上いただきました^○^
でも、あっという間に二つ腐らせてしまった~、キャーもったいない。

てなわけで、現在柿ケーキ、柿ジャムなどがむばってつくっています☆
お野菜も果物もちょっと時間がたってしまうと、傷んでしまうのですよね。
いつも全部使い切ることを心がけていますが、油断すると、日に日に傷んで
ごめんなさい、ってなことになってしまいがち。

それでも季節の味覚は楽しいですね。
余すことなく、使えたらいいな。

秋の澄んだ空気の気持ちよさとうらはらに
冷たくなっていく風と空に物悲しい気持ちにもなるし、
駆け足で進んでいく時の速さになんだか胸が痛くなるときもあります。

季節の移り変わり。
心も体も大事にネ。

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