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2015年6月

2015年6月29日 (月)

自分の経験から誠心誠意やりたいこと

先週のバイトは、私にとって大変なものでした。

別に、嫌とかではありません。

ただ、私の注意が少し行き届かなかったことが発端で、利用者が
延々延々一時間、怒鳴り、怒り、ワナワナと怒りをぶつけてきました。
その方は本当は怒りたくないのだけれど、止まらない、というのも伝わってきました。

それは私は全然かまいません。
怒る内容はめちゃくちゃだったので、肯定も否定もせず、
その辛そうな怒りをずっと受け止め続けました。
爆発して、怒りが収まり、すっきりするなら、いいことです。

ただ、発端、火種は私のやったことで
(その利用者はだれがやったかとかも分かっておらず、
短い時間で仕事をすませなければならないので、
他の職員も多かれ少なかれやっていることだったのですが)

その方が、この職員を信頼できなくなって、生きることに不安を持つことが
いやだったのです。
それは私がさんざん経験してきた、過去があるので、そうなってほしくなかったのです。

その人は病気で、疑心暗鬼になったりするけれど、
その病気をもっても、深く安心できて、その人が大事、という私の思い
が通じるように願って毎日接してきました。

そして、自分が一番、苦しかったこと。
私の注意が行き届かなかった、ということを報告するのが
とてもとても嫌だったのです。
詳しくは報告しないで、私の配慮が足らなかったことをさらりと報告し、
謝りましたが、あとは報告しませんでした。
相手はもちろん病気があるので、理解していないからこそ怒るのですが、
でも一方的にこちらが悪いのです。

私は統合失調症を発症してから、
時々、自己保身を感じることがあり、自分自身とても苦しくなります。
ミスを隠したくなるのです。

でもすべてを報告しなかったことで、心の痛みはとても強くなりました。
もう今更いえない状況になりました。

友達や内職の社長にそれを話して(たぶん、隠していることで自分が苦しかったので
吐き出してしまいたかったのです、自分が楽になりたかったのです)

「だれでもそんなことはあるよ」とか、「同じことをやっても気にしない人は気にしないよ」
とか、「そんなに苦しむなら二度としなければいいよ」とか声をかけてもらいました。

ひょっとしたら、適当にやる人もいるかもしれません。

そういう人の方が多いのかもしれませんし、少ないのかもしれないし、
それはわかりません、でもそんなのは関係ない。

私は、とても苦しくなりました。

利用者の幸せは本当にうれしい。
そして、年をとったり、病気になったりして、でも懸命に生きている美しい力を
持つ人たちを心から尊敬している。

その人の一日があたたかで、充足していて、笑顔があれば本当うれしい。

守っていきたいことは、それだけなのに・・・。

私自身は、ずっとケアを受ける立場で過ごしてきました。
児童養護施設では、苦しかった、人権なんてなかった。
ナチスの世界かと思いました。
そこを出た後の差別も、苦しかった。

成人して病気でトイレにいけないこともあった。
犯罪にあって、男性が怖くて、恐ろしい目にもあった。
小さい頃の虐待を思い出して、今でもニュースやテレビ、映画で、暴力、性的暴力、
アダルト的なものを見ると怖くて気持ち悪くて吐き気や震えがとまらないときがある。
(だいぶ以前よりは、平気になりましたが・・・)
精神病院では全身拘束で、ごはんもトイレも自分でさせてもらえなかった。

そういう気持ちがわかるからこそ、一番誠心誠意やりたいのです。

人間の悪や、恨みつらみ、いじめ、そういう部分をたくさん見てきました。
弱さ、欲望、そういうものも。
そして、同じく、私自身のずるさ、弱さ、欲望、恨みつらみ、
そういうものも見てきました。
人との間でやった駆け引き、支配、そういうものも十分経験しました。
そして、それは私に向いていないことがわかりました。
余計心が苦しくなるのです。
だから、もうそういうところはそろそろ卒業したいのです。

利用者に怒鳴られたその晩は、不安定になりました。
最近、体の状態も進んでいるので、
自分が悪いことばかりしているから、病気も進んでいくんだ!
ばちがあたったんだ。と思ってしまい、思考回路がおかしくなってしまいました。

「それじゃあ、筋委縮症の方とか、病気の方とか、みんな悪いことをしたの?
悪いことをしても元気な人もいっぱいいるよ!」

と怒られました。
うん、わかっているのですが、でも、そういう気持ちになるのですね。
何が悪いんだろうって。

それでも、一晩泣いて、落ち着いて、仕事にいったら、利用者が昨日の怒りを
忘れていて、(認知症なので)笑顔でした。

それでも、病気だから、忘れるからいいや、ということにしたくはないです。

ただ、本当に安心されている様子だったので、よかったと思い、
相手も寄ってきたので、ちょっと抱きしめてしまいました。
ごめんなさい、ありがとう、心で伝えました。

しっかり目を見て、話をきいて、もっと寄り添って、一緒に幸せを感じたいと思いました。

心で何度もお礼を言いました。

ありがとう。

いろいろな私を見せてくれて、そして、心の底ではいつも助けてくれる。

弱くて、臆病で、寂しくて、ずるい。そんな私を助けてくれている。許してくれる。

ありがとう。

魂にいつもお礼を言います。

私よりもずっとずっと賢く、深い、魂に感謝です。

私を育ててくださってありがとう。そこにいてくださってありがとう。

許してくださってありがとう。

何度も自分に向かいあうことも、これからあるかもしれませんが、
私は今、誠心誠意かかわりたい方たちがいます。

それにそっていけるように、忘れないために書きました。
もう二度とそむくことはしないように。

いろいろ言葉を吐いてごめんなさいね。

読んでくださった方、ありがとう。

2015年6月24日 (水)

一人じゃないね 一人じゃないよ

1か月に最低3、4回はブログの更新をしたいmidoです^O^
そして一年は続けたい!

精神のお薬が少なかったり、体が安定しなかったり、そんな中で
ちょっとがんばり気味ですが、毎日ありがたく過ごさせてもらっています。

たまったお仕事が毎日10時間以上とられるので、様子をみながら
やっていきたいです。
時々テンパり、不安になりますが、落ち着け、落ち着けと自己暗示をかけながら^m^

時々元気をいただきに、ブログ村を歩きます。
ネット歩きも幸せです☆

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皆様にとって今日もよい日でありますように。



2015年6月 6日 (土)

その傷は痛いかい

ようやく痛みがおさまり、布団に眠れるようになってきました。
私は痛い時は、ふかふかの布団の上で横になることができず、
床の上で座ったり、痛いところに床を押し付けたりして眠ります。

布団の上、いいですね#^-^#幸せです。一か月ぶりです。
本当にふわふわの布団の上で横になれることがありがたい。

でも、かたい床のような上で寝ることが健康法としてあるので、
まあ、床の上でも寝続けても体にはいいのかもです♪

5月の初めにはいった仕事は、7月が納期なのに、熱のおかげで全く手つかずです。
この前ようやく一か月遅れの打ち合わせに出かけてきましたが、
まだ頭は朦朧としているし、山のような課題と、おまけに、私はその分野でずぶの素人なので、
プレッシャーで、何日か、ドキドキがとまりませんでした。

友達は、精神状態が悪くなるなら、断ったら?とアドバイスしてくれたので、
依頼者に、ほかの方に頼むように伝えましたが、
一応はやれるところまでやってほしいとのこと。どこまでやれるのやら><

バイトや、内職は、そのままの日常の自分のままむかえるのですが、
この依頼された仕事は、リラックスして、インスピレーションがわいてこないと、
やる力がわいてこないのです。

私のインスピレーションは全部自然からいただきます。

もっとリフレッシュしないと、お仕事は無理だなー、と思って、
ようやく、なんとか、神社に参拝に出かけてきました。
そしてご神木に挨拶をしました。

木のそばまで寄れる場所なので、(宮司さんに許可済み)
そばに寄って、様子を見て、木を触らせてもらいます。

木が冬で力をたくわえている時、いろいろな人が触っていて、元気がない様子の時は
木を触りませんが、様子をよく見て、よさそうだったら、触らせて頂きます。

神社は隣の市ですが、とーっても気持ちがよかったです。
ここはブロガーさんがよく行かれている神社なんです、不思議ですね、ご縁って。

2015053016490000
ご神木。大きな立派な楠です。

木を触って涙が止まらない時もあります。
木の中の音をそっと聞く時もあります。
誰にも言えない心の痛みを、傷を、苦しみを静かに解放することもあります。
最後にはいつも感謝の気持ちを伝えます。

ご神木に触ったら、もっと木に触れたい、遊びたい、と思ってしまい
このあたりでは、木々があまりないので、3年前まで住んでいた、
島の木々の写真を見て、創作意欲を湧かせています^-^

以下は少し前に撮らせていただいた私の好きな木々たちです。
人は全くこない、原生林の森です。

Photo

大きな杉の木の空洞でのんびりゆったり静かに瞑想。

Dscf0006

木のおうちでお話も幸せ。はだしがポイント。

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優しい木を触ると、すぐ眠くなり、
一緒に触ったこの方はそのまま、そこですぐに爆睡してしまいました。
ヨガをした後みたいに、リラックスするのです。

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こぶのある木です。
成長過程で傷がつくと木にこぶができます。
でも、その傷も、大きな美しい一部として、すばらしいいのちです。

原生林のような人の入らない森の中では、宇宙のような世界を体験します。

木々は伸び、倒れ、またその先が倒れ、倒れあい、ぶつかり合い、
老い、それでも伸び、そして朽ちている。

小さい芽は、初々しさの中でおびえもなく、ただ伸びる。
それぞれがごちゃごちゃのようで、何か一定の流れに沿いながら
伸びている。

完全なる自由
完全なる慈しみ
その中で生きている 生きている すべてが生きている。

風がふく、太陽が昇る、雨が降る、変わる、変わっていく。

それぞれがそれぞれを生きている。
その中で、傷ついたことや、痛みがどうとか、苦しみはどうとか、そういうものはありません。

枠がない
上下がない
傷も傷でないものもない
境界線がない
正常と正常じゃないものも、わけ隔てているものがない。

私には人間には、社会には傷や痛みや苦しみがいっぱいある、けれど、森に入ると、
それはほんの宇宙の一部、真実はすべてが愛や光だと感じてしまうのです。

森も木も風も花も、本当に不思議。いのちの恵みを与えてくれます。
私ももっと自由に生きていきたいな、と思います。

 

「その傷は痛いかい」 

その傷は痛いかい
その塊は痛いかい


何か必要なものがあるのかい

あなたがそこにいること以外
何かが必要なのかい


何もなくても
進んでいくのさ

生きていくのさ
空に向かって

真っ直ぐに

(写真のこぶのある木の前で静かに心を開いて浮かんだことば)

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いつもありがとうございます。

2015年6月 1日 (月)

回復のエネルギーに沢山触れる

ジョン・ナッシュさんがお亡くなりになりました。
そのことについて、ニュースで、何度か統合失調症、という言葉が流れたのでしょうね。

内職などで雇ってもらっている会社の社長が言いました。

「おい!統合失調症になっても、終わりじゃないんだな。
未来があるんだな、おまえも大丈夫じゃないか!!
統合失調症のやつは、状態が悪い時もあるけれど、よくなればいいんだよな!
全然大丈夫なんだな」

一発で統合失調症の印象が変わった様子です。
メディアの影響力^^;;すごいですね。

社長の統合失調症の印象は「もう終わりだ」というものでした。
事件の犯人だったり、会話ができなく、一生頭が戻らないのでは?
という方面でしかとらえられなかった様子です。

(統合失調症といってもいろんな方がいて当たり前なのですが)

こうやって統合失調症を持ちながら回復されている方のエネルギーに触れるということは、
周りにとっても、当事者にとっても、とても力をいただけることだなあ、と思います。

病名は違いますが、癌で余命を宣告された杉浦貴之さんは、宣告された後、
回復されている元末期癌患者を探して会いに行って話をお聞きしたそうです。

それが本当に自分の力になったそうです。 良い情報、回復者のエネルギーを
見つけ続け、回復者からパワーをもらい、ご自分に向き合いながら奇跡的に回復。

癌の回復者が語る雑誌を創刊し、今も病気から回復している人達の言葉とエネルギーを
病気になった方たちや家族、医療関係者など必要な所に届けています。

回復されている方は、それぞれの治し方、それぞれの回復の仕方があり、
元患者だった杉浦さんならではのインタビューで、深く情報がひきだされていきます。
精神の病気の回復者も時々出ています。

杉浦さんは、もう有名になられて、テレビなどにも出演されていますが、とっても元気で
結婚もされ、子供もいらっしゃって、病気のみなさんを勇気づけようと全国を講演されたり、
患者のみなさんとフルマラソンされたりしています。
そうすると、奇跡が奇跡を呼んで回復がつながっていくのですよね。

統合失調症も、もっともっと回復のエネルギーに触れる機会を持てたらなあ、と思います。
特に、最初に病名を告知されて、もう駄目かも、とショックを受ける方がおおいと聞きますし。


JPOPボイスや雑誌などの世界でも統合失調症の体験談を読めますし、
ブログや本でも力をいただけます。とっても力になります。

でも、もっとたくさんのいろんな方の体験が、当事者の手によって、
まとまったものがあればあるほど、もうちょっとお医者さんの姿勢に変化がでたり、
当事者への勇気につながるのではないかなあ、とふと思いました。

なぜ最近そんな風に思ったかというと、私の体の部位で(まあ一部なのですが)
どのお医者さんも一生治らない、これから進んでいくだけ!
といわれている所があるのです。
言われ続けて、20年。順調に進んでいます^^;;
今度の熱の後などは、残念ながら認めざるをえないです。
そうすると、やっぱり生活の幅が狭まってくるのです。

医者に通い続けての会話は
「これ治りますか?症状が止まるってことありますか」を私が質問し、
「midoちゃん、それは無理よ、絶対無理、進むだけ、止まらない、今の医学では無理。」
と、あきらめる方向へいつも話が流れていきました。

このようなやりとりを毎月毎月20年・・・・時には電話のやりとりを含め、ずっとやってきたわけです。
治らない、を何度聞いたでしょうか。
治らないエネルギーを与えられ続けるわけです。
そのお医者さんが悪いのではないのです。(とっても優しい方なので)
100人いたら100人のお医者さんが無理という世界なのでしょうがないのです。

でも!

最近、ネットをくまなく調べて調べて調べ続けて、一つヒットしました。
(ネットでも治らない、が当たり前な中、統合医療でも怪しいものでも、
奇跡体験談すら見つけられなかったのですが)

一人の医者が、ちゃんと写真と症例で発表していました。
(最近のブログだったので、今までヒットしなかった様子)

なんじゃこりゃーー!!優作になるしかありません(古い)

今までどこにもそんな情報転がってなかったのです。
患者さんも公開した人はいなかったのですね。
回復者の症例、エネルギーに初めて触れました。

その先生は、治る、回復の可能性がある、ということを見つけ出し、
実際回復させ、そして、治る、という視点で診察にあたっているのです。
視点が変わると、治るという可能性のためにどんどんと研究していきます。

代替医療のアンドルーワイル博士は、「病院で否定的な言葉をかけられて
患者は呪いに掛けられている、ブードゥーの呪いのようだ」とおっしゃってますが、
確かに20年治らない、止まらない、といわれ続けられるより、
治る可能性を探そう、と見つめてくれるエネルギー満載のお医者さんの方が、
患者のパワーの出方が違います。

特に私などは、ネガティブなエネルギーの方が、慣れ親しんでいて、
たっぷり受け取ってしまいがちなので。

回復者のエネルギーや、回復することを全く疑わない医者のエネルギーをもらえる、
というのはありがたいことです。

患者さんの力や可能性を信じる機会がもっと増えていけば、
回復というものがもっと早くなる世界を作れるのではないかなーー、なんて思ったり。
そうしたら、偏見も普通に消えていくのになあ、と思ったり。

一人が回復したら、どんどん回復するような連なり、
回復から遠いように感じている方々も回復していかれるようなったらいい。
エンパワメントしあえるつながりができてくることを夢みて☆

統合失調症にもっと回復のエネルギーが増えますように。

そして皆で幸せになれたらこんな嬉しいことないです。

私も体も心も回復に向かって少しでも歩んでいけたらいいな。

ジョン・ナッシュさんのニュースの一般の方の反応と
自分の病院の経験からいろいろ思いを巡らせたmidoでした。

ジョン・ナッシュさんと奥様のご冥福をお祈りします。

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