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2015年5月 4日 (月)

さよなら、過去

先日、仕事帰りにボランティアに顔を出す時、知り合いの車の乗りました。
知り合いが話をすることに耳を傾けていたら、
知り合いが関わっている女子高生の話になりました。

その女子高生は、私と同じ出身高校でした。

児童施設が中学3年までなので、高校へ進みたくて、入試を受けようとした時、
児童施設から入試を受けることができたのは、市内で一番低いレベルの、
一つの高校だけでした。それが私の出身校です。

話を聞くと、今は、その高校のレベルもあがって、京大とかにも入っているそうで、
「えーーー、えーーー、えーーーー」とびっくりするほどでした。
私の時は、授業さえ、ろくにする先生がおらず、4分の1が退学するような学校でした。

そして、その女子高生の担任の話になりました。
留学をしたいその子に反対する担任が、堅苦しくて嫌な先生だそうで、
相談にのっているとのことでした。

話を聞いてびっくり。
私にとっても、その先生はとても嫌な先生だったからです。

当時、児童養護施設からは、高校入試さえ自由に受けることが許されなかったので、
受けさせてもらった今の高校には本当に感謝しています。
ただ、入試の機会が誰にでもあるのは当たり前。
親の保護の下で育たない子供もいるのです。そういう子供にも機会があって当然です。
でも当時は差別が大きかった。
入学した後も、先生達からいやがらせをよくされました。

「midoは施設あがりだから、付き合ったら大変だ」と仲良くなった友達を
わざわざ呼び出して、忠告して、引き離したり、

私の髪の色がもともと天然に茶色っぽかったので、いつも風紀検査でひっかかり、
脱色していないと知っているのに、その場で、頭から墨汁をかけたり、

私のスカートの中身を風紀検査だといい、スカートをめくり、その下に、ペチコート
(スカートが透けないようにはかなければならなかった)をはいているか、
その色や長さをチェックしたり・・・・。
他の先生も見ているのですが、だれも何もいいません。
(当時30代の男性教師、今はもう55歳くらいでしょう、
この人が知り合いのかかわる女子高生の担任です)

先生同士も学年主任、校長の派閥があって、それぞれストレスを抱えていて、
あきらかに生徒いじめでそれを発散している、という感じでした。

それでも、やっぱり相談するわけにはいかなかったのです。
訴えを聞いてくれる機関もなく、親にいっても、とくになにもありませんでした。
当時は私がいくら訴えても、もみ消す、あるいは、退学処分、そう感じていました。

物言えぬ生徒も、影でいたように思います。
先生に言われ泣いている子もいました。

私は、いろいろされても、じっと静かに居て、泣くことも、文句いうこともありませんでした。
施設の方がよほどひどかったし、さらにいえば、家庭の方がよほどつらかった。
まあ、いいか、ストレス抱えた大人に何を言っても無駄だろう、
そうあきらめていました。

ただでさえ、病気がちで私は猛烈な痛みで時々気絶します。
白い目で見られることも多いです。
退学にはなりたくなかったのです。

でも、知り合いと話をして、そんな過去を一瞬にて思い出し、
私は、知り合いの話を聞きながら、涙がこぼれているのに気付きました。

私は後部座席に乗っていたので、涙に知り合いは気付かずに、
話し続けていましたが、しばらく涙は込み上げてきました。
いやー、やっぱり実は、昔、ちょっとしんどかったんだなあ、今更泣くなんて、と思いました^^;;

私は普通に学校生活を送って、勉強をしたかった、それだけが望みだった。
そう何度も思いが込み上げました。

私は小学校も中学校も、勉強の機会に恵まれませんでした。

最後の施設での中学3年の一年、ようやく授業が普通にあり、それに感動しました。
嬉しくて、嬉しくて、先生に質問したら教えてもらえる、そのことに喜びでした。
そのキラキラとした感動は、今でも胸の中でキラキラしている気がします。

なんとか高校を受験できるような学力を身につけたので、
高校で勉強をすることを楽しみにしていたのですが、希望の高校は入試さえも受けられず、
その入った高校も、毎日、精いっぱいで、授業もろくにする高校ではなく、
体の調子と、先生の圧力、家でのごちゃごちゃの毎日で、思う存分できなかったのです。

なんだかそんな抑圧された日々のことが、体中によみがえり、
この2日間、しばらくぼーっとしていました。

ただ、高校時代も、本当に、友達には恵まれていて、クラスで一番人気の生徒と
親友になれたため、同級生はひどくは、いじめてこなかったのです。
先生同士の派閥に入らない先生は、とても私を好いてくれ、仲良しでしたし、
よく倒れ、寝た保健室の先生も、私の体をいつも気遣って親身になってくれました。

いい人もいた。それも事実。
友人の一人は統合失調症と知っても、会いたいと言ってくれる。
よし、もうふりきろう。そう思えた昨日。

そのスカートめくりの(笑)担任がふと浮かびましたが、
「幸せに。光が降り注ぎますように!」と美しい光の中にいるその方を心に浮かべて、
全部さよならしました。

過去にさよなら、って気持ちがいいです。
過去なんてどうでもいい、そう感じました。

エネルギーを今に、今に持っていきたい。もっと今に生きたい。

今度その先生の話を知り合いとする時は、きっと自然に話せると思います。

話を書かせて下さり、ありがとう。

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思い」カテゴリの記事

コメント

midoさん、おはようございます^o^

先生酷いですね。
未来の子供達に教える立場の先生が差別を持っているなんて、指導する資格がないですね。

でも辛い思いをしたからこそ、感受性が豊かで人の痛みが分かる、思いやり溢れる素敵なmidoさんなのでしょうね^ ^

私がそうですが、年を取ると拘りがなくなると言うか、過去のことが流せるようにはなりますよね。
そうやって未来に前進していくのでしょうね。

GW残り僅かですが、楽しくお過ごし下さい♪

 midoさん、こんばんは。お元気ですか。よっしーです。もう、ゴールデンウィークもおわりですね。さて、midoさんは、高校時代にも大変なご苦労をされたのですね。
 人を許す、過去を受け入れるって、その手の本を読むとよく語られてますよね。よっしーもよく聞きます。でも、人を許すって、過去をうけいれるって、頭ではないのですよね。理屈でないのですよね。ハートでうけいれられるかですよね。
 ある時、ふっと手放せる、そんな自分に驚きいとおしくなります。midoさんも理屈ではなく、ハートでうけとめられたのですね。
 それはそれとして、生徒を指導する立場の先生が生徒を虐待する、信じがたい教師のみなさんもいらっしゃるのですね。

>mimiさん

GWが終わりましたね^^
そちらはお天気に恵まれたのかな☆
楽しいGWを過ごされたならとてもうれしいです♪

先生ひどいですよね~。
今はもうちょっとその担任も学校もマシにはなっているようで、
私の時ほどではないから、少しはホッとしたのですけれど、
やっぱりかつて嫌な担任は、今でも嫌な担任のようです^^;;

指導者が差別すると、力が大きいから、影響力があっていけませんよね。
やっぱり指導者は、その辺りはしっかりしていないと、
子供たちの未来が台無しになります。

mimiさんの病院の看護師さんもひどかったですよね!
記事を読ませていただいて、むきーー!!!(怒)でした。
あんな看護師いてもいいのかっ。
でもすごくわかりました。
何を言っても妄想って思われるんですよね!
私も体の痛みを、妄想と言われました。

職や立場で、横暴な振る舞いをするなんて、人としてとても悲しいことです。

mimiさん、過去のことを流せるようになってるのですね。
素敵☆
私は結構こだわることが多かったので、今ようやく流せるようになってきました^^
mimiさんを見習います!
そして、未来に前進していきたいです。

優しいコメントありがとうございます。
今日もいい日でありますように☆

>よっしーさん

おはようございます☆
よっしーさんは今日はお休みでしょうか。
ゴールデンウイークも終わりましたね^^
お休みの最中はお店も混雑したのかな、お疲れ様でした。

そうそう、過去を受け入れ許すって、頭ではわかっていても、
なかなか許しているようでできてなかったりするのですが、
本当にふっと楽になるときがあるのですよね、ふっと手放せるときが。
そしてなんだか幸せになるのですよね。

よっしーさんのお言葉通り、ハートなんだと思います。
そんな自分でびっくりしちゃうんですよね(笑)そしていとおしい。
本当にそうです☆
そんな気持ちをあたらめて、コメントで書いてくださって、とてもうれしいです。
豊かな言葉を綴るよっしーさん、その深さに感動します☆

なかなか私の高校はいろいろありましたねー。
今は、だいぶ授業もしっかりしていて、体制も変わってきたようで、
よかったなあ、と思います。
セクハラすることもなさそうですし。
ただ、やっぱり堅苦しい感じはまだあるようですね。
今は女子生徒としばらく縁があるようなので、励ましていこうかなあ、と思います。

きっとそういう差別をしている先生も、いつか、気づくときがくるのかもしれませんね。
それは流れと天にお任せですが^^
子供たちが自由に未来に向かっていく環境になるといいです☆

今日もいい日でありますように。

midoさん、こんにちは!

こちらは、毎日お天気がよくいい季節です^^

midoさんの高校時代は、とても感情の揺れ動く・・・
いろいろなことがあった日々だったかと思います。

どんなに時間が過ぎても、感情が大きく動いたときって、
何年たっても鮮やかにその時のことがよみがえりますよね。

例えば旅行の時、10年もたてば毎日のことは忘れてしまっているのに、利旅先で見た景色や食べたもの、話した相手なんかは、昨日のことのように思い出したりできますよね。

だから、midoさんが当時のことを、まるで今現在のように感じて感情が戻ってくることは、とてもよく理解できます。
もしかしたら、今の方が鮮やかに、感情を見つめることができるのかもしれません。
私にとっても、高校時代は同じように遠いようで近い、特別な時です^^

そして、感情にはいい、悪いはない、と聞きます。
そう、私たちがラベルをつけるだけであって・・・

それは確かで、何かを超越したような感覚もありながら、

また、そう言い切ってしまえば、人間らしい感情の緩急をどこかに置いてきてしまったような、寂しい気持ちもしますね。

わがままですが^^;

不思議ですね。

時を経て、ふと、その時の感情を手放せたりする。

思いがけないときに、神様の計らいで。

私は、どうしてこの人は人の気持ちがわからないんだろう、と、相手にわかってもらいたい(怒)と思って、あれこれしたことがあります(笑)

きっと子供を追いかける母親のような感じだったはず。


でも、結果的に、子供と違って大人である相手にとっては、

その人が、自分の人生で、自分のこととして、何か苦労をしたり同じような立場になるという経験を通して、初めてわかることなんですよね。

それが今なのか、10年後か、20年後か、もしくはこの世にいる間にはわからないかもしれない(笑)

その人のタイミングでわかるときが来るまで、私たちは何もできないことって、世の中にはあるのかなと、その時思いました。

midoさんがまたひとつ、クリアで透明になられた気がします^^

midoさん、引き続き、よい一日を♪

>ルナさん♪

ルナさん こんばんは#^-^#
このコメントいただいたときね、ルナさんのことがふわぁっと浮かんで
ルナさんはどうされているかしら?と思っていました^^
なので、とってもとっても嬉しいです☆

ルナさんはなんだかとってもふわっと素敵なものを運んでくれる方です。


台風が去って、いいお天気でしたね。
どんどん暑くなってきます。体調はいかがですか?

ルナさんも高校時代は遠いようで近い、特別な時なんですね。
なんとなくルナさんの制服姿が浮かんだりして♪

昔のことって、たぶん、毎日過ごして中で、
あまり印象なかったようなのに、ふとなにかの時に
ふわぁっと、思い出したり、強烈に感じたりするときがあります。
時間って不思議ですね。
こんなに時がたっているのに。

旅もそうですよね!わかります。
昨日のことのように思い出したりします。
景色や相手の表情、雰囲気。そんなものが残りますよね。

感情に、本当いい悪いはないのでしょうね!
ルナさんのおっしゃるとおりだなあ、って思いました。

でもその感情にいろいろ色を付けるのも、人間らしさというか、醍醐味ですよね。
あまり感情に巻き込まれてしまうのも苦しいけれど、
感情って、人々の毎日を彩ってくれもしますよね。

過去、何か蓋したものが、時の計らいで開けられるときがくるのかもしれません。
それが怒りだったり、寂しさだったり、そういうもののほうがため込んでしまいがちだから出てくるのだと思います。

でもそんなとき、ふっと手放して、さよならーってするのもいいですね。
今なら大丈夫♪と思って出てきたのかもしれません^^

私もね、相手に、どうしてわからないの、伝わらないの!って思う気持ちわかります。私もよくやりました、今でもいっぱいある!


でも何か気づいたり、わかったりするときは、それぞれの出会いやタイミングや
生き方の中で、それぞれが必要な時、向かっていくことなのかもですね。
わかる人にはいつかわかる。
わからない人にはずっとわからないかも(笑)ってちょっと肩の力を緩めて、お任せ気分でいると楽だなあ、となんとなく気づいたところでした。

ルナさん、素敵な数々のお言葉ありがとうございます♪
ブログは書かれていますか?
ルナさんの素直な言葉たちは、いろいろなものを運んでくれるような気がします。
また気が向いたら、ブログお教えくださいね^^
あ、でも、気が向かれなかったらいいからね☆

ルナさん、生きていてくれて、であってくれてありがとうね。

今日もありがとう。
幸せな夜を。幸せな明日を。

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