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2015年5月

2015年5月20日 (水)

ありがとうがいっぱい

結局ボランティアには参加してきました。
大事な会だったので、ボランティア仲間はどうしても、
私に参加して頑張ってほしかったとのこと。

頭からきのこ生えていたかもですが、なんとか参加しました。
そして、まだ、息がぜえぜえしている私に、
「大事にしてね。たいへんなのに、無理いってごめんね」とのことで
体を何度もさすってくれました。

全部捨てて乗り越えて、というメールをいただいた方は
ヒーラーさんに昨年なった方で、ヒーラーさんになる前から仲の良かった方です。
いろいろお話をしているのですが、ヒーラーさんならではの視点で
メールをくれたこと、落ち着いた心でちゃんと読めば、
大きなやさしさをいただいていると感じました。

負けないで前を向いてほしい。病気に負けないで。
後ろ向きにならないで。やれることをやっていこう。
お二人ともそんな思いが、言葉になったのだな、と思いました。

蹴ったドアには謝りました><ごめんなさいね。胸が痛みます。
ほんの一秒、カーっとなってしまった感じです。
壊れたことは誰も気づいていませんが^^;;少し割れています。
(こっそり直します)

怒涛の一日でした。

あの衝撃のパワーと妬み節はなんだったのだろうな。

薬も抜き出して、眠ることができなかったのも関係あるのだろうけれど、
私の中にいろんなものがあるのでしょうね、パンドラの箱ではないけれど、
いろんな気持ち、感情、そんなものがたくさんあって、
やっぱりそれに振り回されてはいけないなあ、と思います。

ちょうど、病気の友人が、具合が悪くて寝込んでいる、という話を聞いてから、
なんだかとても心が苦しくなっていました。

自分も病気なのに、苦しい人をほっておけない、と
いろんな病気の方を世話し、私を見舞って、様子をみたりしてくれた方です。
いつも人を大事にし、敬い、丁寧に生きていらっしゃる方です。

病気で足が壊死してしまう症状がありました。
でも不思議とその方のそばにいると、とても優しくて高貴な香り、
それも大輪の花のような香りがして、幸せになるのです。
香りのするものはなにもつけていないのですが、不思議なのです。
そして、いい香りがする、そういっている方は他にもいました。

私がとっても小さい頃は、心の目、というようなものでいろんなものを見ていました。
にこにこ笑っていても、本当は泣いている人、怒っている人、
とても尊敬されている人でも、暗いものがある人、
世間的に馬鹿にされている人でも、その人からきれいな世界が見える人。

小さい頃から統合失調症っぽいと言われればそうなんですけれど。

その方とお会いすると、その心の目がよみがえってくるのです。
その方はとても大きな花が咲いているような世界が広がってくるのです。
だから、壊死していても、いい香りがするんじゃないんだろうか、と思っていました。

その方が40歳近くになり、初めてバイトができるようになりました。
学校も、仕事もあきらめて、病気と付き合って生きてきた様子だったので、
私は嬉しくてたまりませんでした。

でも、また時間がたって、とても具合が悪くなっていたと先日人づてにお聞きしたのです。

最近眠れない中、回復を願って、静かに祈っていましたが、
「なんであんなに心の美しい人を丁寧に生きている人を病気にするんだ!」とだんだん苛立ちが出ていました。
心が荒れてきました。

祈っていてこれでは、どうしようもないですね><
全然いいエネルギーではなくて、やめました。

でも今日みなさんのコメントを読ませていただいて、心が落ち着いてしまい、
また、静かに願い、お祈りしてわかりました。

彼女は今でも大輪の花をそこで咲かせている。
とても美しくて、すばらしい、何が起きても彼女の美しさを壊すことなんてできないんだなあ、って。

私は自分が痛みに苦しむのが嫌だから、勝手に彼女に病気で苦しんでほしくない、
という気持ちを彼女におしつけてしまっただけなんです。

ごめんなさい、と心から謝りました。

彼女が堂々と生きていることを見させてもらい、
その姿全部を、微力ながら、応援させていただき、彼女の歩む道を
、美しい道をお祈りして、私は私の道を歩く。
それしか、恩返しする方法はないですね☆

ありがとう、がいっぱいです。
未熟な自分がいっぱい出てくるのも感謝。

本当にありがとう。
やさしいお気持ち、みなさんのお気持ち、ありがとうございます。

今日は髪の毛を洗えて、ほっとしています。
また父の好きなものつくろっかなー、とか、姉に何つくろうかなー、とか
そんな気持ちが普通にわいてきました。

私は、日々贈り物をたくさんいただいていますね。
気づかせてくださりありがとう。

2015年5月19日 (火)

泣いてしまったの巻と断薬

ごめんなさい、弱音と愚痴も含まれます。
元気ない方は読まれないでくださいね、最初に謝っておきます><

2週間ほど、高熱が続き、夜は10分寝て、一時間のたうちまわり、また10分寝て・・・の繰り返しで、消耗していました。
苦しいのは慣れている、一番心配なのは、機能が低下していまうこと。

毎年何か月も熱が続き、そのあと大変だったので、怖くなってしまいます。
この半年、なんども自分の状態を受け入れてもまだ体の症状進んでいくようで、
不安でしょうがないこと。

不安な日々が続きました。
お風呂も2週間入っておらず、家族に「く、くさい!」と言われながら、うう、つらい、
と思いながら長い夜を過ごしました。

でも、今日はお昼に、眠れて少し息もしやすい、ああ、楽です。

仕事はなんとか、こんな状態でもにこにこ行っているのですが、
ボランティアを休もうとしたら、
ボランティアの仲間から、「参加することがどんなに大事かわかっていない」と言われ、
へこんでへこんで隠れて号泣。

この方は、私の家族がわりで、今までも、一人で動けないとき、ごはんを作ってきてくれて、
今回も熱の中、一人で寝ている私を何度も体調を見に来てくれて
一番心配してくれるのですが、その一言がとてもつらく感じてしまい、
「ボランティア、もうやめます」といってしまいました。
そしたら、その方をとても傷つけてしまった様子です。

そして、家では、どうしても、トイレ掃除ができなくて、家族に頼んだら、
とても忙しいみたいなことをいわれ、うがーー!(怒)
こちらは具合わるいんだーー!!
と、なんだか、とても具合が悪くてコントロールできず、今までの怒りみたいなものが出てきて、
腹がたって、後で、一人でドアをボンっと軽く蹴ったつもりが、ドアの柔らかい部分にあたったようで
ドアを簡単に壊す・・・泣く。
自分でもその行動にがっかりしました。
キレまくりの父じゃないんだから・・・・。

そして、そして、友達には、つらいけれど、乗り越えてください、すべてを捨てて、
もう受け入れてください、と、もっともなんだけれど、
それしか道はないのも知っているのだけれど、
なんだかそれができない自分がとてもつらくて、よけい眠れなくなりました。

はぁーーー、よわっちい私を許してくださいTT

でも今日、昼間10日ぶりに続けて2時間を3セットねたら、なんとか立ち直りました。
睡眠大事です。


具合悪くない人がちょっとうらやましかったです。
私の中のくすぶっている気持ちがでてきたのです。

当たり前に食べている人が、寝ている人が、半年前と同じからだの人が
う、うらやましい。元気な父がうらやましい、くそー、父うらやましいぞ、遊びたい放題で!
うがーーー!!!(笑)
いったい、私、どうしたの、この妬み根性!
落ち込み、落ち込み・・・。そしてこの衝動!
なんだこの精神不安定とまるで、よく言う薬の離脱症状みたいな感じは・・・・。

そして、気づきました。

ほぼ断薬していたんです、2週間。それすら忘れていました。

本当に離脱症状の気がします(汗)
体の薬を飲まないとだめだったので、両方飲めない私は、今は体を優先しています。
しばらくそうなると思うのですが、(お医者さん了解済み)、やっぱり、不安定になりますね。

精神薬はいつか飲めなくなるときもあるかもしれないのと、
ものすごい薬ショックがあるので、一日CP換算値で、10ミリとかです。
なんていうか、こんなゴマ粒くらいの量でも、一気に飲むとへろへろするので、
少しずつ少しずつ、何回かにわけて飲んだり、工夫しています。
でも、その量は私にとってやっぱり大事なのかな、と思いました。

体が落ち着くまで、もう少し断薬します。
なるべく平常心とハッピーな気持ちで心を安定させないとです。

がんばります!ウッス(気合)でも無理はしないけれど。

人にはあまり言えなくて、こんな公の場ですが、ここで気合を入れさせてもらいます。

読んでくださった方、もしいらっしゃったら、すみません、ありがとうございます!
妬み根性から解放されるように、向かっていきます。
心が自由にならないとですね。
私の人生の課題な気がします。

精神的に具合悪い方も無理せずにいてくださいね。
自分の精神や肉体が大変なので、なんだかとてもつらい人がいると、
いたたまれないくらい身に染みるというか、大変な方がいらっしゃると、
本当に祈るような気持ちになります。

みんないいい方向に向きますように。
明日もとってもいい日でありますように。

2015年5月15日 (金)

ライフワークを見つけたい

今日も暑いですね。
まだ、治りきらなくて頭がぼーっとしています。熱っぽいです。

私は体の病気上、短い時間、(3、4時間ほど)を区切りをもって、
いろんな仕事をする、というパターンしかできません。

座れない、食べれない、などなど、制約がたくさんあって、
それは年を追うごとに、すこし厳しくなっている状況です。

今のパートは、少し無理なんだな、ということがわかってきました。
精神的には最近はなんとか大丈夫なのですが、肉体的にということです。
こんな少しの時間でも疲れてしまうのですね。
作業所やディケアなどより、よっぽど短い時間なのですが。

肉体が病む、痛みで眠れない食べれないが続く
→朦朧として精神不安定になる
→藁をつかむ気持ちになり、どうでもいい幻聴に耳を傾ける、いつのまにか、支配される。

これが私の統合失調症のパターンなので、
肉体を楽にして、病状をストップすることが大事かな、と思います。

ということで、仕事は、そろそろ手放す方向にベクトルをむけよう・・・かな。
いろいろ経験させてもらったから、感謝です。

最近、職場の同僚から、職員ディナー会にmidoさんが参加するなら、したい!
とお話をいただいて、私がみなさんとご飯食べることはできないので、適当に断ったら、
「時間のあいているときに、またお話したい!仲良くなりたい!」
とのことで、何度もお誘いくださって、涙でるほど嬉しいのですが、お断りするのに苦労しています。
(お断りに嘘をつくのも、なかなかいやです)
私もみなさんといろいろ話しながらお食事なんて、夢だけれど、
でも、残念ながら、私は無理です(しくしく)。
人とお食事をする、ということは、ものすごい肉体的いろんなハードルがあります。
心はとっても乗り気なのだけれど体がおいつかない。

こうやって、心と肉体がいつも戦ってきました。
そういうのはやっぱり疲れます。

外で働くのはやっぱり、無理がある!特に肉体的にTT
たとえ、手帳をとっても、障害者枠にしても、無理ではないだろうか・・・。
それが私の結論です。

さて、ではどうしようかなあ、と検討しはじめています。
外で働くのは無理ならば、在宅でできる仕事も考えていかないとです。

昔、体が口しか動かない方が、HPをつくって、
(体が動かないことは内緒にしていた)電話相談をされていました。
一家を支えるくらい、収入を持っていたそうです。
今は天国にいらっしゃると思います。
その仕事によって、相談によって、
その方に支えられた方がどれだけいらっしゃったでしょう。

その方の生き方も私の心の支えです。

何か私もできることを探さないとです。
楽しく、幸せなことで、お役に立てて、暮らしていけたらな、と思っています。

今、自然を守ることのイラストのお仕事を頼まれてますが、
それは、私のライフスタイルの一環なので自分自身とても幸せで、いいお仕事です。
そういうような、お仕事がもっとないかなあ。

私の興味、というか、少しは詳しいことは、福祉、自然、自然食、自然素材、自然療法、代替医療。
そんなものにひっかかって、家でできる仕事が・・・・素人にあるかしら(笑)
(一般的に考えてありえないけれど、見つけよう、いや、ある!宣言しよ。)

循環していく中で生きていけたらいいな。
いろいろやっていけることを検討中です。
ひとつできなかったら、また新しい何かを開拓するチャンスととらえて・・・・。
ひとつ失ったら、また新しく入ってくる何かがある。

肉体的についていけない自分に少し落ち込んだら、また前を向いていこう。
素敵なライフワークに出会いますように。

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2015年5月14日 (木)

孤独も悪くない

一週間以上高熱が出て、痛みでへろへろでした。

でも仕事と内職は休めないので、座薬をいれて、なんとか動きましたが^^;;
家族は長旅でいなかったので、ひたすら、家ではっていました。
痛みが去った後、静かな家で、ちょっとプチ孤独を味わいました。

心のつらさも体のつらさも、やっぱりしんどいもんはしんどいです。
病気と共に生きている人、精神も身体も含め、本当、頭が下がります。

精神も具合が悪いと、誰にも連絡できないくらいになりますが、
体も、とても連絡などできません。

私の寝たきりの何年もはとても孤独でした。
そんな中、家族にも追い出されてしまったときもあり><!
住むところもなくなり、孤独感さらに満載でした。
でも、その孤独で過ごしたならではの感覚や感性は、私にとって案外宝かも、と思います。

孤独と向き合って向き合って、よく思ったものです。

そのまま誰にも会わずにこの世を去っても、
人と接することがなくなっても、誰も覚えてなくても、
本当に孤独にはなれないんじゃないかなってと。
本当は誰も孤独になれないんじゃないかな、と。

見えないけれど、繋がりあって、それぞれが、大切なひとかけらとして、
生きたり、死んだり、そんな繰り返しをしていて、
それは意味がないようで、本当はとっても大切なんだろうなあ、って。

そんな感じになるのです。

社会的、現実的は一人という姿に見えるのでしょうが、実はみんな壮大につながっている。

体が手と足と顔、それぞれのパーツがあって、一つの体として成り立っているように、
一人ひとりも、それぞれのパーツがあって、この世界を作り上げている。

どんな人も必要。
どんな姿も大丈夫。

世界は幸せに満ちている、きっと、本当は。

そう感じると、自分を、今ある状況を、孤独を包め、許せるのです。
ひたひたと涙が浮かび、自分から湧き出る癒しが、自分を包んでくれる・・・
現実はひとりぼっち、誰から見ても孤独なのに、満ち潮のように、自分の中が満ちてくる感じです。

孤独も悪くない。
孤独でも、どんなに孤独でも、きっと、絶対一人ではないのだから。

 

 

私は、農業を広めるボランティアや、仕事でも、そのような広告を担当しているのですが、
なるべく農薬を使わず、大地や作る人、食べる人が、
負担にならないようなやり方をいろいろみなさんと勉強しています。

農薬を使わない農業は、最初は非常にめんどくさいし、
いろいろな手法がありますが、草一本も大事にします。

雑草という言葉、、害虫という感覚もつくりません。
畑にあるすべてが必要で、害虫も大事、それは、畑の状態を今の状況を教えてくれるだけ。

存在するには意味がある。

それぞれが能力を生かしあって、何も切り捨てない。
それは愛がいっぱいだなあ、といつも思います。

そして、どんなものにも、たとえ、世間的に害虫とか言われる悪いと思われるものも
すごい大事なんだなあ、と思ったり。


貧弱で弱い未熟な私も、大事なんです、たぶん、きっと(笑)
もし、布団の中で一生終わったとしても、うまくいえないけれど、大事なんです。

世界を信頼して、宇宙を信頼して、愛を持って、たとえ孤独の中でも
生きてける力を持ちたいです。

私は自己否定が強いので、消えたい、消したい思いが小さい頃から
身に着けたように自分と同一化しています。

過去のことがよみがえったときは、自己否定の気持ちを溶かしてきました。
これからもボチボチと乗り越えていくと思います。

消えたい、ではなくて、「私を存在させてくださって、ありがとう」、
その気持ちをどんどん大きく持てるように・・・。

この気持ち、感謝は、私に光を灯します。
いつも光を消してしまわないように、そっと抱きしめています。

いつもわけわからめの文章を読んでくださりありがとうございます。

今日もありがとう 。

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2015年5月 4日 (月)

さよなら、過去

先日、仕事帰りにボランティアに顔を出す時、知り合いの車の乗りました。
知り合いが話をすることに耳を傾けていたら、
知り合いが関わっている女子高生の話になりました。

その女子高生は、私と同じ出身高校でした。

児童施設が中学3年までなので、高校へ進みたくて、入試を受けようとした時、
児童施設から入試を受けることができたのは、市内で一番低いレベルの、
一つの高校だけでした。それが私の出身校です。

話を聞くと、今は、その高校のレベルもあがって、京大とかにも入っているそうで、
「えーーー、えーーー、えーーーー」とびっくりするほどでした。
私の時は、授業さえ、ろくにする先生がおらず、4分の1が退学するような学校でした。

そして、その女子高生の担任の話になりました。
留学をしたいその子に反対する担任が、堅苦しくて嫌な先生だそうで、
相談にのっているとのことでした。

話を聞いてびっくり。
私にとっても、その先生はとても嫌な先生だったからです。

当時、児童養護施設からは、高校入試さえ自由に受けることが許されなかったので、
受けさせてもらった今の高校には本当に感謝しています。
ただ、入試の機会が誰にでもあるのは当たり前。
親の保護の下で育たない子供もいるのです。そういう子供にも機会があって当然です。
でも当時は差別が大きかった。
入学した後も、先生達からいやがらせをよくされました。

「midoは施設あがりだから、付き合ったら大変だ」と仲良くなった友達を
わざわざ呼び出して、忠告して、引き離したり、

私の髪の色がもともと天然に茶色っぽかったので、いつも風紀検査でひっかかり、
脱色していないと知っているのに、その場で、頭から墨汁をかけたり、

私のスカートの中身を風紀検査だといい、スカートをめくり、その下に、ペチコート
(スカートが透けないようにはかなければならなかった)をはいているか、
その色や長さをチェックしたり・・・・。
他の先生も見ているのですが、だれも何もいいません。
(当時30代の男性教師、今はもう55歳くらいでしょう、
この人が知り合いのかかわる女子高生の担任です)

先生同士も学年主任、校長の派閥があって、それぞれストレスを抱えていて、
あきらかに生徒いじめでそれを発散している、という感じでした。

それでも、やっぱり相談するわけにはいかなかったのです。
訴えを聞いてくれる機関もなく、親にいっても、とくになにもありませんでした。
当時は私がいくら訴えても、もみ消す、あるいは、退学処分、そう感じていました。

物言えぬ生徒も、影でいたように思います。
先生に言われ泣いている子もいました。

私は、いろいろされても、じっと静かに居て、泣くことも、文句いうこともありませんでした。
施設の方がよほどひどかったし、さらにいえば、家庭の方がよほどつらかった。
まあ、いいか、ストレス抱えた大人に何を言っても無駄だろう、
そうあきらめていました。

ただでさえ、病気がちで私は猛烈な痛みで時々気絶します。
白い目で見られることも多いです。
退学にはなりたくなかったのです。

でも、知り合いと話をして、そんな過去を一瞬にて思い出し、
私は、知り合いの話を聞きながら、涙がこぼれているのに気付きました。

私は後部座席に乗っていたので、涙に知り合いは気付かずに、
話し続けていましたが、しばらく涙は込み上げてきました。
いやー、やっぱり実は、昔、ちょっとしんどかったんだなあ、今更泣くなんて、と思いました^^;;

私は普通に学校生活を送って、勉強をしたかった、それだけが望みだった。
そう何度も思いが込み上げました。

私は小学校も中学校も、勉強の機会に恵まれませんでした。

最後の施設での中学3年の一年、ようやく授業が普通にあり、それに感動しました。
嬉しくて、嬉しくて、先生に質問したら教えてもらえる、そのことに喜びでした。
そのキラキラとした感動は、今でも胸の中でキラキラしている気がします。

なんとか高校を受験できるような学力を身につけたので、
高校で勉強をすることを楽しみにしていたのですが、希望の高校は入試さえも受けられず、
その入った高校も、毎日、精いっぱいで、授業もろくにする高校ではなく、
体の調子と、先生の圧力、家でのごちゃごちゃの毎日で、思う存分できなかったのです。

なんだかそんな抑圧された日々のことが、体中によみがえり、
この2日間、しばらくぼーっとしていました。

ただ、高校時代も、本当に、友達には恵まれていて、クラスで一番人気の生徒と
親友になれたため、同級生はひどくは、いじめてこなかったのです。
先生同士の派閥に入らない先生は、とても私を好いてくれ、仲良しでしたし、
よく倒れ、寝た保健室の先生も、私の体をいつも気遣って親身になってくれました。

いい人もいた。それも事実。
友人の一人は統合失調症と知っても、会いたいと言ってくれる。
よし、もうふりきろう。そう思えた昨日。

そのスカートめくりの(笑)担任がふと浮かびましたが、
「幸せに。光が降り注ぎますように!」と美しい光の中にいるその方を心に浮かべて、
全部さよならしました。

過去にさよなら、って気持ちがいいです。
過去なんてどうでもいい、そう感じました。

エネルギーを今に、今に持っていきたい。もっと今に生きたい。

今度その先生の話を知り合いとする時は、きっと自然に話せると思います。

話を書かせて下さり、ありがとう。

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2015年5月 2日 (土)

病気の私がやれること

パートを始めて8ヵ月が過ぎました。
よく続いているな、と、振り返ると思います。

自分の不出来に、泣いて出かけたこともありました。
ミスを厳しく注意され、出かけるのが怖かった時もありました。

私が勤める前に、今の私のポジションで働いていた方は、
お局様に注意されて、そのままその方といつもバトルとなっていたことと、
仕事がとても時間内に終わらない、ということで、やめました。

さて、私の勤務は、前の方より、時間を大幅に短縮され、
さらに業務量が増え、そして、お局様健在です(笑)
お局様の勤務時間帯は短縮されておらず、私の働く時間帯の職員だけの短縮なので、
時間が短くてミスがあっても、お局様にはなかなかわかってもらえない厳しさ。

前の人が時間内に終わることができなかったものを、業務が増えて、
短縮された時間内でやることじたい、たぶん、私、体も心も病気になっていなくても、
年とスローな性格で、ついていけない気がしますTT

今も、まだ業務時間内に終えることがあまりできません。
ミスもあります。
それでも、これもまたそんな状況を受け止めるキャパシティが大きくなりました^▽^;;

私の後に入ってきた方は、業界歴も長く、ミスもなく、完璧、すばらしいのですが、
その方が、お局様の一言でノイローゼになるほど、悩んでいたことをこの前知りました。

職員同士なかなか会う機会がないこともあるので、
連絡用の記録帳でやりとりをしているのですが、原因はそのやりとりです。
その方は、記録帳にお局様が書く言葉がとてもきつくて、辛いとのことでした。

あなたが、そんな落ち込んでいるのなら、私はどうなるの!!です。(笑)

連絡帳には、私の方が何十倍も書かれているのですが、その方はノーミスに近いので、
その方に書かれていることなど、ほとんどないのです。
ただ、一言二言の書かれている言葉が厳しのですね。

私は注意を受けたことを、落ち込みながらも
「ありがとうございます」「いつもフォロー助かっています」
「丁寧に気にかけてくれて感謝です」
そんな言葉を記録帳に返してきました。
たぶん、ブログされている方が普通にコメント返ししているような感じです。

正式な記録帳ではなく、ざっくばらんなやりとりでかまわないので、
相手にお伝えするときも、「いつもお世話になります」「助かりました」など、
言葉を一言付け加えてきました。

そうしたら、最近、みなさんもそうされる傾向になってきたのです。
書きだしに、朝の挨拶や、ねぎらいの言葉、などなど。
その文章をみたら、読んだ方が小さく、「ありがとうございます」との返事。

まだ、時々連絡帳の中が、トゲトゲしたやりとりになっていることもありますが、
第三者から見ても、癒されるようなページも出てきました#^-^#
それを読むと、ほっこりしてしまいます。

私は相変わらず、どんくさいし、予測できないようなことがあると、
判断、処理に時間と労力を費やします。
できることは、感謝で丁寧に返すことくらい。
でも、それを少し真似してくれる方がいらっしゃると嬉しいです。
職場で自然にやれることはそれくらいです☆

そして、話は変わって、ボランティア先の出来事ですが、
ボランティア仲間で、この何年かイマイチ具合が悪い人とお会いした時、
「midoちゃんは、もっともっと痛みをがんばって乗り越えてきた、だから頑張れる。
なんのこれしきって思って毎日過ごすのよ」
とおっしゃってくださるのです。

夜も私を思って、頑張れるとのこと。
病気の夜はとても長いです、その中で私の存在で力をもらえるとおっしゃってくださる
なんて、感謝です。

私も、具合悪い時、重い難病で、体が動かず、話もできなくて、
痛みと戦いながら、明るく生きてらっしゃる友人を思い出して、元気を頂きました。
今でも、大切な心の友です。その方が存在してくださることがパワーです。

そんな力はすべてのものにあって、誰にでもあって、私にもある。

花や木が誰にも見られなくても、繋がりあっているように、みんな繋がりあっている。
そして、どこかの何かに、どこかの誰かに、影響しながら支え合っている。
それがこの世界の仕組み。

私に与えられていること、恵みにありがとう。

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