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2015年2月 6日 (金)

許し許され・・・赦しの中

今日はケアのパートに行ってきたmidoです。

このパートは一人でひとつの施設に入ります。利用者は3人。直行直帰。
私にとって、職場の人間関係がないのはとても楽です。
同じ仕事仲間とはノートで連絡し合います。

はぁぁあ、今日もいろいろノートに書かれていました。

先日私が利用者の変化に気付いたことを書いたのですが、本当はその前に仕事に
入ったときに気付かなければならないものでした。ミスです。
観察不足。
みなさんの足手まといになっています。
ごめんなさい。謝ってばかりのmidoです。

どんより、うにゃーーー><

でもでも、15年ぶりに働いていて、ブランクあるし、体もボロボロだし、
精神も病んだし、私にしては十分だよね、いつクビになってもいい、大丈夫大丈夫。
・・・と自分を慰めています。
こんな自分を許せない、死にたい、とずっと思っていましたが、もういいです。
これがありのままの自分。できなくて、頼りにされなくて、おまけにかなり浮世離れしてる。
でも、これでいいのだーこれでいいのだーー。(41歳なのでバカボン風)

許すこと。
それはとても大事だと思います。

私のブログ村の登録の紹介文に、児童養護施設出身、とわざわざ書いたのは訳があります。

私が一番先に許せた場所なんです。

私は、9歳くらいのとき、父の毎日の死に物狂いの暴力と暴言に、逃げて逃げて、へとへとになり、
ついに学校にいく力がなくなってしまいました。
母は仕事で別の場所に住んでいました。

母の前ではとても優しい父だったので、私や姉に父がしていることを、母は全く気付きませんでした。

学校はなんとなくいじめもありました。先生も暴力的な人で、怖かったです。
だんだん人が怖くなってしまいました。
いつ、父みたいに豹変し、暴力をふるわれるか、と思いました。
クラスメイトも怖くて怖くて、学校に行っても、押し入れに隠れるような奇行をしだしました。

学校に行かないでいたら、あっという間に、児童相談所に母親が相談した様子。
いきなり児童相談所の職員がきて、寝巻の私を3人で抱えて、施設に連れて行きます。

両手両足かかえられて、寝巻をめくりあげられて、パンツ丸見えで、はがいじめになって
連れて行かれた先、それが一番目の施設でした。

そこが私のとてもつらい場所でした。

先生の力任せの日々、虐待の数々、そこで先生に気に入られようと必死になっている子供たち。

虐待されていることが日常で、虐待とは気付かないでいることが多いのです。
ただでさえ、愛情とかを知らない子供も多いので・・・。
私も時間がたって、冷静になってから、普通の世界を知って、気付いたのです。

その施設の次の施設は良い施設だったのですが、最初の施設はとても深いところを傷つけられるものでした。

時がたって、大学に行って福祉の勉強をしたとき、なんと、その施設が、良いケアをしていると、紹介されているじゃないですか!
この施設から勉強しよう、と教授がおっしゃるではありませんか。

おまけに、一番その施設でひどい職員は、その施設の実績の後、県の児童関係のとても偉い人になっていました。

悔しくて悲しくて、本当にやり場のない気持ちでした。
そして、そのことを誰もいえませんでした。
高校の時、施設上がりでかなり差別されたので、大学は、施設のことはみんなにクローズだったからです。

その怒りと苦しみと恥ずかしさは、ずっと埃がたまるように、苦しみとして溜まっていきました。
時折、裁判を起こそうか、とも思いました。
今入っている子供たちにも同じことが受け継がれているのなら、戦わなければならない、と思ったこともありました。

でもそういう方向に行くには、自分には勇気がたりませんでした。
時にわなわな体が震え、怒りの矛先が見つからず、絶望して生きていました。

その施設を自分の中で許すことができたのが、体の病気をして、10年ほどたったころでした。

どうか、今あの施設にかかわっている子供たちが幸せでありますように。

先生も幸せでありますように。
そう祈りを持つことができたのです。

そのあと、だいぶたってから、父のことを少しずつ許せるようになってきたのです。

一番先に許せたこと、とても大事なことを忘れたくない、そういう場所になりました。

子供のころから十代もつらかったですし、私は変な子
(どこか施設にいって、帰ってきて、怪しい病気)で通っているので近所でも肩身狭かったりします。
小学校からこの地域にいなく、中学も普通の学校にいけず、学校の友達もいません。
たぶん、同級生は覚えてないのではないかなあ、と思います。

あんな施設に入ったから、人生が台無しになったなんて思っていましたが
でも、それでも、児童養護施設を許せたこと、
そして、父を大事にしようとしていること、それでもう十分だと思える時もあります。

・・・・本当は許すも許されるもなく、全部許された中で生かされている・・・
だからもういい。何もいらない。もういいや。そう思える時がたまにあるのです。

私もきっと何かに許され、赦され、生きているのかな、って思います。

苦しい時も多いけれど、いつかその苦しみを越えていけますように。

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