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2015年2月18日 (水)

震災の後から

昨日は東北方面で地震がありました。
私の精神状態のコントロールができなくなったのは、震災以降です。
親は私を統合失調症ではない、言っていますが、私自身はこの震災以降が前兆期にあたると思います。

その時、私はようやく家を出て一人で暮らし始めていました。
テレビも家具もありません。

ただ、とにかく休みたい、まず体を治してここで働いて生きていくと思っていました。
友達も部屋を貸してくれる人や昔からの知り合いと、限られた人しかいなかったのですが、
自然があれば幸せでした。
とにかく、体の状態、痛みが少しでも楽になるように、と自然療法をして過ごしていました。

震災以降、半年、毎日毎日、夢をみました。

津波で家がさらわれてしまっていて、茫然としている夢、
海の中で手足がなくなり痛い思いをして命がなくなる夢、
家を立ち退かなければならなくて、嘆いている夢、家を整理している夢、
この時ばかりに犯罪をしようとしている人の夢・・・。
などなど・・・・。

夢から覚めても、まだ夢の中のその人の感覚になっていて、
なかなか自分に戻れなくて、昼間も泣いていることが多かったです。
痛みはどんどん強くなり、体はどんどん腫れていく。体も心もつらかったです。
実際被災している人ではないのに、私はとても弱く、とてもつらかったです。

本当に世の中の皆さんが胸を痛めていた、皆辛い出来事だったと思います。

それでもまだそのころは、不安定になっている人達から電話をいただいても、
一時間、二時間、お話ができていました。

その後からです、もうダメだ、できれば人と話がしたくない。
特に、不安の話を聞きたくなくなってきたのです。
人とのかかわりが苦痛になってきました。
元気にふるまえなくなってきました。
そして、自分の体がどんどん進んで来て、
そして、心がだんだん不安定になってきたのです。

最近もイスラムのことで、何日も同じ夢を見ましたが、
私はいろんなことをうまく自分の中で浄化できないのです。
一つ一つを消化するのにとても時間がかかります。

昨日の地震も東北の方にとって、とても怖かった人達がいたでしょうね。
胸が痛みました。

目をつぶってお祈りして、自分の心が平安になるのが一番だと感じて、深呼吸しました。
なかなか眠れませんでした。
まだ傷がふさがらない人達が沢山いらっしゃる。
大きな傷にどうか慈しみが降りますように。

Image1030_5


毎年、知り合いが私にお見舞いとしてアマリリスの球根を下さるのですが、
今年も咲きました。



「いのちの花が咲いているよ」
 

Img058

今日 咲いた花の いのちは

わたしと おなじ いのち

わたしが 今日 生きようとしていることと同じ

花も 今日 生きようとしている



今日 出会った虫の いのちは

わたしと 同じ いのち

私も 今 生きているように

虫も 今 生きている


花も わたしも 虫も 

いのちの花が 今 咲いている

 

 

(昨年、統合失調症になったときアマリリスの花を見て書いた詩とイラスト)

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コメント

 midoさん、こんばんは。きょうのmidoさんのブログを拝読させていただき、よっしーは今は亡き友人のことを思い出しました。その友人もよく悪夢をみると苦しんでいました。よっしーにもどうすることもできず、でも力になりたくて、よく彼女もソフトバンクだったのでただ友を利用して長いこと話をしたものです。その後彼女は入院し、疎遠になりましたが、風のうわさで入院先の病院で自死したことをしり、そうなるようないやな予感もあったので、正直やはりと思いました。
 midoさんはすこしづつ、こころのバランスが崩れてしまったのですね。でも、大自然が友達だったのでしょうか。その友達も急性期や陰性期には自死の手段にしかみえなかったのですか?でも、自然はやはりよき友人ですよね。
 アマリリスにたくしたお友達の気持ちはなんでしょうか。やはり、なにがあっても生きて欲しいということでしょうか。midoさんの今日のイラストや詩もこころの病のなかでもしなやかに、やさしく生きたいという、生きることへの賛歌のように感じます。
 自死した彼女も今頃お空の上からこの世界をどのような想いでみつめているのでしょうね。残された人間として、せめて、このよとお別れするまえに、ひとことでも連絡がほしかった、まだ、彼女のためになにかできることがあったのでは、という後悔の念がわきます。
 midoさん、生きることって時に残酷で不条理ですよね。でも、人生は美しいく、世界はきょうも美しいとよっしーは思います。よっしーも不調のとき、生きることに迷ったこともあります。でも、いま、残酷だけどこの世界は美しいと思います。お互い、できれば人に優しく生きてゆきたいですね。

>よっしーさんへ

よっしーさん、今日はお天気がよかったですね。
よっしーさんのお友達が旅立たれたこと、よっしーさんのブログでかつてのj記事で読ませていただいたことがあります。
自然に手が合わさるような祈りの気持ちでした。
よっしーさんがお話を聞いてくださったこと、十分に十分にされたと思います。

自分で亡くなる方の気持ちは、私も自分自身とてもつらかったし、取りつかれていたように、自死のことを
考えていた時があるので(今でも油断するとそういう風になりがちですが)、本当、止められないものがある時があります。
私も熱が続き、痛みで友人のお話が聞けなくなって、その流れで、自分がこの病気になったとき、
今までお話していた方々と話せなくなり、その内の不安定だった友人を亡くしています。
もっとお話しをしていればよかったと、ひたすらごめんなさい、と、とても後悔する気持ち、ありました。

でも、きっと今は優しい世界にいかれていると感じました。
よっしーさんの友達もそうであると思います。

人との出会いも不思議ですね、関わりあって、お互い支え合って、でも結局、それぞれ自分で決めていかなければならない。
いろんな出来事も起こる。
災害みたいな大きなことから、身近な環境のことまで。
時に過酷であるけれど、世界は時としとても冷たいけれど温かい。
偉大ですね。

この世界は美しい。よっしーさんの言葉に改めて心を動かされました。
偉大なるこの美しい世界で出会えるのだから、できれば、私も人に優しく生きたいです。

そう、私は完全なる妄想と幻聴の世界にいってたので、自然の本当の姿が見えなくなったんですね。
今までどんな時も大切な友人だったのに、全くわからなくなってしまいました。
ただひたすら幻聴に操られるかのような急性期。
そして、陰性期もその名残がなかなかぬけなかったです。

世界が壊れた、という感じでしたね、自分がどこかに消えてしまったという・・・・。
まだその感覚が抜け切れていませんが、毎日少しずつ、季節の移り変わりや風を感じるたびに、
また大自然の力に寄り添って、守られながら、感謝しながら、生きていく生活に戻れると願っています。

優しく温かく、強いコメント、ありがとうございました。
感謝をこめて。

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