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2015年2月

2015年2月28日 (土)

あいの旅

会議に参加して思った。
私は確かにできないし、頼りにならない職員だけれど、会議の中では
利用者のマイナスなことばかり出てくる。

けれど、私は利用者に対して、そういうことは一度も思ったことがなくて、
いつも利用者にありがたいな、って心から思っている。
その人の素晴らしいところをどんどん伸ばしてほしいな、学ぶことばかりだな、って思っています。

私は利用者とのかかわりは、結構できているんだな、って。
ただ全体的に、多角的に物事を見る能力がないのも事実。
テキパキこなせないのも事実。反省もいつもするけれど・・・。

私は能力はなくて確かにできない部分も多すぎるくらいあるけれど、
でも、人にはない、よいところも少しはあるんだな、と、少し思えた会議でした。
そこは評価されないけれどネ。でもいいかな、って思った。

そして、なんとなく、私は愛の旅をしているんだな、と思った。

さみしさに泣いたり、孤独に落ちたり、生きること、死ぬこと、人生のいろいろ。

統合失調症になったり、病気になったり、できなくなったり、いろんな気持ちになったり。
病気、健康、いろいろあるけれど、それすべてひっくるめて愛の旅なんだなあ、って。

乗り越えても乗り越えても波はあるけれど、社会には適応できないけれど、でも生きている。
世の中は生きずらいけれど、でも生きている。

それじたいがきっと愛の旅。

どこにたどり着くか、今の私にはわからない。明日また苦しくなるかもしれない。
でも日々生きていく。それがすばらしいんだね。きっと。

 

「ともに」

流れる川をみたことがあるかい

流れるままに流れている

その流れに誠実で

その流れに逆らわず

その川のながれをつくる 一しぶきの水たちも

疑うことなく ただ流れている
 


ときに激しく

ときに悠々と

その場所を流れている

 

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まっすぐに光をあびている緑を見たことがあるかい

伸びることに忠実で

伸びることをためらわず

細い枝や太い幹

小さな葉の一つ一つがいっぱいに太陽を浴びようとしている


ときに枯れていき 

ときに芽吹いていき

その場所でのびのびと育っている
 

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大きな大空を見たことがあるかい

広がる無限の空を

朝日を輝かせる空や

夕日を向かいいれる空

それらを自由に繰り広げさせる豊かな空



ときに雨が降り

ときに雪が降り

その一瞬一瞬にいのちのすべてがひろがっている

宇宙にあずけてあるおおきないのちが

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川が流れゆくことも

木の育っていく強さも

どこまでも広がりゆく空も

わたしのなかにある

限りなく



わたしとともにある

いつもすべてが


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2015年2月25日 (水)

きっと病気が治る日が来る

落ち込んでいたmidoです^▽^;

このカテゴリには関係ないのですが、midoの抱える体の病のことです。

この2週間、急激にいろいろな部位の病気が進んできた気がしました。
再生はしないといわれている部位もあるので、とても落ち込みました。

私の気にしていることは外観かもしれないけれど、やっぱり女性としてはショック・・・
というか、女性ではなくても、気にして落ち込む人はネットで見てもたくさんいます。
それひとつで結婚できない、と、悩む人もいるのに、
私はその部位がいろいろあるのです。

お、落ち込んでいてはきりがないけれど、でも泣いちゃうよーー。
不安で家を徘徊して歩きまくりました。

友人が遊びに来るのですが、もう普通に話ができる場合じゃありません。

それでもその友人は、なれているので、一緒に過ごしてくれました。

もう四捨五入して80代の母は私の状態を見て一晩考えたみたいでした。
「midoは私が看取るからね、私長生きするから」
なんかその言葉に肩の力が抜けました。ありがとう。本当に感謝です。

「今は再生医療も進んでいる、だから大丈夫な時がくる。だからそれまでお金をためておこう」とも。

むむ、お金は日々で精いっぱいだから、そんなためれるかわからないけれど、
ていうか、医療が進むかわからないけれど、それでもありがたかったです。

何か少しでも再生できたらいいな。やっぱりそれは願いです。

かなわないかもしれない、かなうかもしれない。
わからないけれど、願いをのせて、風に、空に飛ばします。

そして、願いに固執しないようにします。

統合失調症も治る日が来るといいね、きっと来るよ。

医学は進んでいるからね、そんな気持ちでいます。

みなさんの病気が回復されますように。

それも願いを空に飛ばそう~。

みんなで幸せになれますように。
痛い思いをしている人もとげのささっている心の人も幸せになりますように。

さあ、生きよう。

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今日は頑張って、依頼された母子の姿を描きました。
いろいろ描いてみて、一日かかってしまった。

イラストレーターとか使ってみたいなあと思っているけれど、わからない><

アナログばかりです。

いつか美術を習いたいです。授業を受けたことがないので、一度やってみたいな。

今日も一日、乗り越えた。ビバ!

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2015年2月20日 (金)

親の誕生日

今日は母の誕生日でした。

迷惑の方が多いでしょう。もっと楽しい老後をさせてあげたかったなあ、と思います。
本人もつらい時があるようですし、辛い気持ちを吐露させていまう時もあります。

いつも胸が痛いような申し訳ない気持ちになります。

それでも、今日笑顔でいてくれたことが嬉しかったです。
存在して下さってありがとう。愛しています、ごめんなさい、許してくださいの気持ちです。

今日は、近くの西友が閉店セールということで、西友の中を少し散策。
めずらしく人がいっぱいでした。
母に無印のオーガニックコットンのボーダーカットソーを購入しました。
とってもかわいかったです。おまけにセールでとってもお安くなっていました。

母は肌が敏感肌なので、オーガニックコットンでないと着れません。姉もそうです。
いつもはネットで探すのですが、たまのショッピングもいいですね!

今の私には西友散策で十分です(笑)
ショッピングモールやデパートなど、何年行っていないのだろうなあ。
ショッピングをしている人を見て、それもまた楽しかったです。
前は、ぼーっと人を観察するのがとても好きだったことを思い出しました。

本当にささやかなプレゼントですがは気に入ってくれた様子で、本当よかったです。
本当は海外旅行とか、世界一周とかプレゼントしたいだけれどなあ。
素敵なディナーやデザートも作りたかったのですが、いろいろ、頼まれごとの締切が迫っていて、
時間も気持ちも、全然余裕がないので、普通の御飯でおしまい。
また、来月にしてもらいました。
来月半日とかゆっくりかけて、素敵なディナーを作るぞ~。あとマッサージですね。

マッサージなんて、小さい子供がするプレゼントみたいです~。

統合失調になる前は、家族と住んでいた時は、毎日家族にマッサージを
するのが日課だったんですが、最近はできなくなりました。
また復活させたいなあ、と思っています。

あと、今更ながらバレンタインデーのチョコをネットで購入しました。
いつもお世話になっている人と2カ月ぶりに会うのですが、
(仕事や内職の打合せ以外の、プライベートで人と会うのも2か月ぶりだ^^;;)
私と違い、ブランドが大好きなので、一度食べてみたいとおっしゃっていた、
ピエールマルコリーニのチョコを用意しました。
10個はいって4000円弱。た、たっけぇ~!!

我が家の1人の食事20食分だと、笑いました。
まあ、喜んでもらえればいいのです。
あと友達にもマッサージをプレゼントします。

久々に買い物をして、とても嬉しかったです。
外の世界は、本当に食品も衣類も物が豊かだなあ~。あまりに豊かで圧倒されます。
私自身は、物も衣類も食べ物もそんなになくて、十分だけれど、たまにはいいですね。

今日もありがとう。一日なんとか終えられたことに感謝です。

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2015年2月18日 (水)

震災の後から

昨日は東北方面で地震がありました。
私の精神状態のコントロールができなくなったのは、震災以降です。
親は私を統合失調症ではない、言っていますが、私自身はこの震災以降が前兆期にあたると思います。

その時、私はようやく家を出て一人で暮らし始めていました。
テレビも家具もありません。

ただ、とにかく休みたい、まず体を治してここで働いて生きていくと思っていました。
友達も部屋を貸してくれる人や昔からの知り合いと、限られた人しかいなかったのですが、
自然があれば幸せでした。
とにかく、体の状態、痛みが少しでも楽になるように、と自然療法をして過ごしていました。

震災以降、半年、毎日毎日、夢をみました。

津波で家がさらわれてしまっていて、茫然としている夢、
海の中で手足がなくなり痛い思いをして命がなくなる夢、
家を立ち退かなければならなくて、嘆いている夢、家を整理している夢、
この時ばかりに犯罪をしようとしている人の夢・・・。
などなど・・・・。

夢から覚めても、まだ夢の中のその人の感覚になっていて、
なかなか自分に戻れなくて、昼間も泣いていることが多かったです。
痛みはどんどん強くなり、体はどんどん腫れていく。体も心もつらかったです。
実際被災している人ではないのに、私はとても弱く、とてもつらかったです。

本当に世の中の皆さんが胸を痛めていた、皆辛い出来事だったと思います。

それでもまだそのころは、不安定になっている人達から電話をいただいても、
一時間、二時間、お話ができていました。

その後からです、もうダメだ、できれば人と話がしたくない。
特に、不安の話を聞きたくなくなってきたのです。
人とのかかわりが苦痛になってきました。
元気にふるまえなくなってきました。
そして、自分の体がどんどん進んで来て、
そして、心がだんだん不安定になってきたのです。

最近もイスラムのことで、何日も同じ夢を見ましたが、
私はいろんなことをうまく自分の中で浄化できないのです。
一つ一つを消化するのにとても時間がかかります。

昨日の地震も東北の方にとって、とても怖かった人達がいたでしょうね。
胸が痛みました。

目をつぶってお祈りして、自分の心が平安になるのが一番だと感じて、深呼吸しました。
なかなか眠れませんでした。
まだ傷がふさがらない人達が沢山いらっしゃる。
大きな傷にどうか慈しみが降りますように。

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毎年、知り合いが私にお見舞いとしてアマリリスの球根を下さるのですが、
今年も咲きました。



「いのちの花が咲いているよ」
 

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今日 咲いた花の いのちは

わたしと おなじ いのち

わたしが 今日 生きようとしていることと同じ

花も 今日 生きようとしている



今日 出会った虫の いのちは

わたしと 同じ いのち

私も 今 生きているように

虫も 今 生きている


花も わたしも 虫も 

いのちの花が 今 咲いている

 

 

(昨年、統合失調症になったときアマリリスの花を見て書いた詩とイラスト)

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2015年2月17日 (火)

カミングアウト効果・身近な統合失調症

ボランティアに行っているmidoですが、そこで、自然に私の病気を
みんな知っているという現象が起きています(笑)

実は、一人の方の妹さんが、統合失調症で、突然死で亡くなられていたのですね。
その人は妹さんの病気の名前は言いませんでしたが、以前から、精神的な病気と話されていて、
私はすぐ聞いて同じ病気だとわかりました。
その方に自分の病気を話したのです。
いろいろな苦労などを話す仲になりました。
その方は時々涙しながら、亡くなった妹さんやご家族のご苦労を話してくれます。

その方に話したら、あっという間に広まったそうで、
結果的に私はカミングアウトしているような状態になりました。

さすが、おばさまたち(60才以上の方々)。噂が早いです
光回線に違いありません。

おばさまたちが話しかけてきました。

「midoちゃん、私の近所に、声が聞こえて、屋根にのって、自殺しようとした人がいて、
同じ病気だよね、治ってお嫁にいったよ。」
「midoちゃん、私の知り合いに、いろいろ聞こえてきてる人がいて、同じだよね、治ったよ」
「midoちゃん、この前、引きこもっていて大変な知り合いの息子さんがいて、
midoちゃんと同じだと思うのだけれど、家族の考えで病院には行ってないけれど、
本当地獄のようだったけれど、最近すごい落ち着いたよ」
「同じ病気で、治療をやめてもう50年くらいたつよ、お子様も3人いるけれど、みんな独立したよ、お話聞く?」

この人にはお会いしていろいろお話を聞きました。

声かけしてくれるたび、なんだ、みなさん私の病気の特徴を御存知なんだなあ、と思います。
おまけにいろいろ教えてくれます。
薬の治療方法や(治療していない人もいたり!?、薬なしで回復の人もいたりするが)、
それぞれの回復の仕方をお聞きし、いろいろでおもしろいなあ、と思います。

そして、なんて身近なんだろう、身の回りにこんな沢山の統合失調症の患者さんがいる、
そのことに驚きました。

実は私が病気になる前に、統合失調症の病気を持っている方を沢山知っていました。

親戚に1名
私の友人に2名 (1人は私がこの病気になる半年前にカミングアウトしてくれた)
姉の友達の子供に1名
母の知り合いに3名
いました。

それでも多いと思っていたのですが、
病気になってから、カミングアウトしたら、「私もそう」と話してくれた友達が1名。
(精神疾患があるのは薄々感じていたが、統合失調とは思わなかった)

おまけに、ボランティア先から聞く同じ病気の人も多いこと多いこと。

私は、病院や入院先などの同じ病気の人とは、連絡をとっている方はいません。
まだ入院している時は、友達を作るまで余裕がなかったので、連絡先の交換が
できなかったのですね。

だけれど、日常で出会う人達でも、こんなにこの病気の方はいるのですね。

職業もいろいろ。

世界を駆け抜けるヒーリングミュージシャンだったり、主婦だったり、
派遣社員だったり。

みんなそれぞれの人生を生きている。

おばさまたちはきっと、知り合いで患者さんにであったら、
今度は私のことを話すでしょうね。

ボランティア先のおばさま威力が好きです。

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2015年2月15日 (日)

大好きな詩

おはようございます^-^

今からパートです。どん底は脱したような気がします。

落ちるときは落ちますね、でもそこから脱した時、少しまた明るい世界が見える気がします。

内職もボランティアもやりたくなくて、もうパート以外寝ていたいくらいで
(熱も出たし)、でも内職は休めなくて、ひいこらってやってましたが、
今日はなんとなく動けます。

すっきりといろんな思いが出たのかもしれません。
記事を読んでくださった方がたぶんいらっしゃるのですよね、いつもありがとうございます。

今日はとても好きな詩をアップします。


「生命は」   吉野弘

 

 

生命は
自分自身だけでは完結できないように
つくられているらしい
花も
めしべとおしべが揃っているだけでは
不充分で
虫や風が訪れて
めしべとおしべを仲立ちする

生命はすべて
そのなかに欠如を抱き
それを他者から満たしてもらうのだ

世界は多分
他者の総和
しかし
互いに
欠如を満たすなどとは
知りもせず
知らされもせず
ばらまかれている者同士
無関心でいられる間柄
ときに
うとましく思うことさえも許されている間柄
そのように
世界がゆるやかに構成されているのは
なぜ?

花が咲いている
すぐ近くまで
虻の姿をした他者が
光をまとって飛んできている

私も あるとき
誰かのための虻だったろう

あなたも あるとき
私のための風だったかもしれない







ではいってきまあす。

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2015年2月14日 (土)

体に謝る

今日も元気のないmidoです。停滞期ですね。

仕事もまたミスをしていました。
部屋の片隅で少し泣いて、利用者さんの前では笑顔でいました。
利用者さんがオアシスです。
でも利用者さんの変化に気付かないようでは、やはりボランティアが精いっぱいです。
私の実力がわかりました。
やっぱり、そろそろやめる時期のようです。

契約は7カ月。あと一か月で終わりですから、それまではいいのかな?
相談してみます。

体の方もこの2,3カ月で明らかに、少し進行しているようです。
また、あの苦しみがはじまりそうで、怖いのですね。

半年落ち着いたので、バイトをはじめました。
半年も落ち着いたのは、初めてだったからです。
でもまた、波がきたのかもしれません。

私の病気は粘膜が異様に弱いです。
粘膜といえば、歯ぐきや目、鼻、耳の中、生殖器、排泄器官、内臓の全部です。
辛いものを食べても粘膜がはがれます。

あと猛烈な痛みがあります。昼も夜もなくなるくらい、もだえます。
3日間寝れずに、痛みの休みの間に、立って寝ることもしばしばでした。

目が範囲が見えなくなっているときもありました。
髪の毛が恐ろしく抜ける日々もありました。

歯ぐきはぼろぼろ、歯もない歯もあります。
人一倍気をつけてきます。
トイレも大変です。潰瘍だらけで、すごいことになっています。

見かけ、普通にしていれば、あまりわかりませんし、しっかりしている
と思われがちですが。

私は歯ぐき丈夫で、トイレが大丈夫な人が本当に羨ましくなるときがあります。

それを言うと、ほとんどの人が大丈夫だよ、といいます。そうだよなあ。

羨ましいな、せめて、それだけでも楽だったらいいのにな。
せめて年相応になりたい。そしたら、きっと恋もうまくいったのにな。
今頃、家族をもてたかもしれない。
って思うことすごくあります。

でも羨ましい病になってはいけない、羨ましい病は自分のすべてをむしばむから。

もっと体が当たり前に元気だった時大事にしてあげればよかった。
そう思います。

おまけに、統合失調症になって自殺未遂してしまい、後遺症も残ってしまったこと、
本当にごめんね、と自分の体に謝ります。

最後まで自分の体と心を大事にできるかな。
自分の人生を大事にできたらいいな。

自分の体や、自分の能力のなさを受け入れるのは勇気がいります。

でも私の中から、どんなものでも許せる愛がこんこんと
いつも泉のように出てきますように。

どんな時も流れにまかせて。

受け入れられますように。

  

「Love my body」

  

歯をやさしく磨いた
痛みがやわらかくなっていった

体をゆっくり洗った
体が静かに泣いているようだった

髪をそっととかした
髪の毛が気持ちよさそうに柔らかくそよいだ

私は私を抱きしめて 膝にそっと
キスをした

「体と向き合う日々の詩」

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2015年2月13日 (金)

しょんぼりの日もあるよ・ヒトリゴト

ちょっと一人で、おんおん泣いてしまったmidoです。
なんかいろいろ重なってしまっているのですね。

体もちょっと出血があったり、吐き気があったり、でもまあそれはいつものことだけれど、
なんとなく泣きっ面に蜂という時がありますね。

仕事は、ミスをしていました。

それも、人がミスしたと思い、私に珍しく指摘して記録に書いたら(私は人がミスしたのを
黙っていることが多い)、実はそのミスは私だったという始末。

一番悪いことした気分です。
相手にどんな顔すればいいのでしょう。記録の中では謝りましたが胸が痛くてたまりません。

怒ってらっしゃらないかな・・・。
お会いするのは会議の時です。
それらの報告は上司までいくのに、本当に記録に書くか書かないか散々迷って、
自分で選んだことだけれど。。。。

私のミスではない、と確信した私はなんだったのでしょう。
確かに、この流れにはいろいろ絡んでいて、他の人も間違えているんです。
ただ、その流れをくんで、最後に大きなミスをしたので、私が一番まずかったのです。

友人にいうと、それはしょうがないよ、ミスをかぶっているようなものだよ、
と言われますが、私単独でミスもたくさんあるので、言い訳ができないというか・・・。
もっと観察眼と記憶力があれば、相手のミスから自分のミスを誘発せずにすむのですが。

同じ時期に入った人は今までミス2つ(それも勤務が私の3倍) 
私は14つ
後の方は7つくらいみたいです。
記載されているのでわかるのですが。

この差ができないことを表してますね。
よく心の中で謝ります。
家族にもごめんなさい、です。

私がバリバリ働けて、家にお金いれられたら、
どんなに楽なんだろう、と思います。

やっぱり無理なのかなあ~。
能力ないことを認めることなのかな。
昔できたことを追い求めてもしょうがないのかなあ。

皆さん好きなんだけれどなあ。
ごめんなさい、力不足で、と思い切って、こちらから言った方がいいのかな。
それを待っているのかな、とかいろいろ思ってしまいます。
やめることも、とっても力がいります

自分のできないところを、事実をしっかり認める。逃げたくなるけれど。

元気のない日もある。

しょんぼりを通り越してどよーん、だけれど、
しょんぼりの日もある。

でもきっと大丈夫なんだよね。

これからどうしようかゆっくり考えよう。

これらがきっと後からきらきらと宝となる時もくるかもしれない。

生きるのは辛い時も多いけれど、なんとか最後まで頑張って生ききれたら、
息をひきとるとき、私、頭悪くて、ドジだったなあ、病気もいっぱいしたなあ、
ってひきとれるくらいであればいいなあ。

具合が悪くて、動けなかった時に比べれば、まだまだ序の口。
食べれる、風呂入れる、寝れる。

まだまだ人生わからないね。のんびりいこう。

縁のある方と出会って、いろいろ失敗させてもらったり、経験してる。
ありがとう。それだけは忘れないでいけたらいい。

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2015年2月12日 (木)

大荒れ3連発

大荒れのmidoでした。

大荒れ1→再発の夢を見たこと。

それだけでも怖かったのですが、私はよく正夢をみます。
つい何日か前も、姉がKさんという人に怒っている夢をみました。
次の日、姉が「Kさん、しょうがない!(職場でいろいろあった様子)」と怒りながら言っていました。

こういうことが日常によくあるので余計に不安・・・・。

体の夢のこともよく見るのですが、><
最近、この何か月かで症状が進んでいるので不安。
体も心も病気は本当私の中では不安要素。
心は特に、急性症状の終わりの時、
「再発したら、midoは人を傷つける!だから今死ぬ方が幸せ」と言われて終わったので。

落ち込んで不安になり、たまらなかったけれど、負けないこと。
今は不安に負けてはだめだと思いました。

解決策→散々不安になりましたが、心の再発についてはもう気にしない。再発はしない!
      体はこれ以上は進まない。後は天に任せる。


大荒れ2→認知機能障害がかなりやばいこと。

昨日、認知症について、テレビでやっていたのです。
私はテレビは全く見ませんが、ちょうどテレビのある部屋に入った時問題を出していました。
10個の物を覚えて、その後、その覚えているものを思い出す、いくつ覚えているかというものでした。

テレビに出ている安住さんは覚えている数はパーフェクト、松たかさんは9個、
私の親(75才以上)は8個
・・・・・私は4個!!!!

私、今、認知症のディサービスで時々ボランティアしているのですが、実はその時も
利用者よりできないことが多々あるのです。

うーーん、これは、やっぱり働けていないわけだ。

もともと義務教育の授業に全然出ていないのと、たぶん、少し発達障害っ気があるのとで、
計算はできません。(父もできません)
だから計算ができないのは昔からですが、記憶力は怖いほどバツグンにあったのです。

認知障害ひどすぎですね。
病気になった後、私はパソコンのスイッチの入れ方にとまどい、一人泣きした覚えがあります。
大昔はパソコンの師匠と言われ、自作を頑張っていた頃もあったのに残念です。
料理もだいぶ手順が悪くなりました。

解決策→かなり落ち込んだけれど、友人が任天堂DS?と、頭よくなるソフトをくれると
      言うので、それを毎日やってみることにする。
             日常生活で訓練をもっとしてみる。
      
      どれだけ認知障害が回復するか試してみる。


大荒れ3→身内(父ではない)がとても不安定なこと。

解決策→みんなそれぞれ我慢できない感情がある、爆発もOK。なんでもOK。
      それによって自分が落ち込まないこと。先を考えない。流れに身を任せる。

大荒れ3が一番大きいかな~。

大丈夫大丈夫。

ここがあるおかげで私は冷静になれます。
ありがとうです。


「自分を信じる」

    

鳥が飛ぶ  

地球が周る

花が咲く

自分を信じる


雨が降る

海がうねる

犬が吠える

自分を信じる


いい時も 悪い時も

すべてが 流れているのなら

自分の 内を 信じていこう

 
 

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2015年2月10日 (火)

根をおろして

midoの家はとても感情表出(EE)が高いです。
統合失調症にもこのEEは関係あるようですね。

父もきっと何かの精神の疾患だったのでしょう。切れると、記憶がなくなる人でした。
切れるのは子供の前だけでしたが。
社会や親をとても恨んでいました。
私は祖母がいなければ、とっくに小さいころ、父の暴れで、あの世にいっていたと思います。

大人になって、 身体の病気で、最後の手段で帰ってきた時、
まだ私は若かったのですが、結婚も子供もいなくて、 お金もなくて、病気だけで、
受け入れがたかったのでしょうね。

私が外を歩くのも恥ずかしい、といわれ、小さいころには比べ物にならないですが、 辛い言葉を言われ続けました。
この時、統合失調症になったら、恥ずかしいと、間違いなく、縁を切られていたと思います。

でも統合失調症になった時は丸くなっていたのです。
ただ、midoは統合失調症ではない、いろいろわかったり、見えない存在との交流がさかんだったから、
(それも怪しいのですが)、ちょっと変になっちゃっただけ、家族はまだそう思っているみたいです。
私の急性期の症状はバッチリ統合失調症なんですが^^;;

ひとつブレないこと、それは私が家族を嫌いではないということ。
とっても感謝しているのです。
近いからこそ、いろいろ言葉もお互い出るのでしょう。
最近は私も怒るので、お互い様です。

なんとなく、私は少し成長してきている気がします。って、40歳こえてですが(笑)

今、寝たきりで動けなくて、家族の中で苦しい思いをしている人、虐待を受けている人
高齢になって、家に居場所がない人、登校拒否、ひきこもり、 精神が辛くて動けない人、
金銭的に稼げなくて悪いなと思っている人・・・いろいろいると思います。

私は、そういう人たちの気持ちが、私なりの経験から、痛いほど、
いや、本当はそれでもわからないかもしれない、 わかる、なんて傲慢だ・・・・ただ、少しはわかるところがあります。

立場がない、または弱い立場だと思っている人もいるかもしれないですが、
施設にいた経験やいろんなことから、思う、全然そんなことはないんです。
うまくいえないけれど、とっても大事な人たちです。
一人ひとり必ず、パズルのピースのように、役割がある、はまっていくと、
きっと壮大な世界が広がる。 体が動かなくても、何もできなくてもいいんです。

ただ、今の社会の在り方が、環境が、生きずらいだけのことです。

偉そうにごめんなさい。でも、ずっと心にある思いです。

今、知り合いが事業の立ち上げのため、住み込みでやらないかというお話を2件いただいています。
midoに普通の仕事や、今の福祉の仕事は、トロ過ぎてあわないから、やめろーって言われてます(笑)
でも、私はまだもう少し挑戦してみたいのですね。

その人達のこれからのやることは、 土を汚さない農業。自給自足、自然食のお店とカフェ、
そして、自然環境との共生、障害者とともに仕事づくり、(障害者という枠や、価値観もないですが)
お金が目的ではないので、お金はあまり稼げないかもしれません。

でも、お金だけが主体ではなく、作り出すことや人との交流で循環していく社会を作る。
そんなキーワードを掲げてます。
その人達は、私が病気で内心引く人もいるでしょうが、たぶんほとんど、気にしない人達です。

私が実は、体も心も障害者になる前に描いていた世界です。
現実はまだ難しい面もあるかもしれません。理想論といわれればそれまで。


そんな話に、私は精神症状が出たららどうしようか、身体的にやっていけるか、能力的にも不安があります。
もう少しじっくりと回復をまって、ゆっくり参加できるご縁があるなら、してみたいな、って思います。

私、というパズルのピースがはまり、輝き、役立つ世界を探して、このワンピースを大事に、
これからもこの社会を旅します^-^
(ちょっと私は、いびつなピースなので、なかなか、難しいけれどネ)

 

「根をおろして」

 

根をおろして

どこまでもおろして

 

土の中の やわらかい香りを知ったよ

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根をおろして

どこまでもおろして

 

あなたの足が 私の根を踏んだとき

あなたのつらさを はじめて知ったよ



 
 
  
 
 

根をおろして

どこまでもおろして

あなたの見上げた空は

どこまでも高いのだと知ったよ

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根をおろして

どこまでもおろして

 

あなたが寄りかかる重みが

ぬくもりにあふれていることを知ったよ


 

 

静かに 根をおろしたら

     葉が風にのり

 

ひとひら

 

舞い降りていったよ

 

(家族のことや体の病気、毎日向かい合い、自然や木々に勇気をもらっていた時の詩)

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2015年2月 9日 (月)

光の一歩

風邪気味です。
私は抗生物質など飲めないので、とても気をつけています。
感染症は気をつけないと。

今日は木の写真をアップさせてくださいね。
巨木が大好きで、あちこちの木に出会って幸せになっていたかつての私です。

昔は、自然は、私のスペシャルな友人、そんな感じでした。

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離島に住んでいたときの、樹齢2000年の木

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空洞の木の中に入って見上げた風景
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神社の樹齢2000年の大クス

退院した時は、まだ、木を見ても、何もかも自殺する道具にしか見えなかったです。
木や自然が本気で襲ってくるように感じていました。
あまりにも昔と違う世界に、愕然としながら、負けるな、と思いながら、
日々を耐えながら、すごしました。
今はようやく、木の輝きが、ほんの少し見え始めています。

だんだんと昔の感覚が戻ってきました。

いや、昔に戻るだけではなく、もっと昔以上に豊かな世界になれるのかもしれない。
ドン底から見上げた上は限りなく広いような気がする。
そんな気持ちでいよう。どこまでも空はきっと広いです。

「光の一歩」

負けたっていいし
勝ってもいいし

弱くたっていいし
強くたっていいし

病気だっていいし
健康だっていいし

卑怯だっていいし
親切だっていいし


汚くたっていいし
綺麗だっていいし


成功ばかりでもいいし
失敗ばかりでもいい

逃げたっていいし
追って行ったっていい


何かをやろうと必死になってもいいし
何もやらなくてもいいし

いっぱい認められてもいいし
全然認められなくてもいいよ

どれも問題はない


さあ どうしようか

次の一歩はどんな一歩

わたしの一歩は
光の一歩

どんな一歩がわたしから出てくるのだろう
どんな一歩をわたしは踏み出したいのだろう

わたしの一歩は
限りない一歩

(精神の病気になる前、体のことで自然療法の病院に入院していた時に書いていた詩。)

ブログに来てくださる皆様・ありがとう。ぺこり。

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2015年2月 8日 (日)

だいすき それだけで充分

「midoさんはかわいそう」

友人(元彼)に言われました。

なんで、と聞いたら、「報われないから」だと。

友人にとっては、仕事は要所要所を押さえて、要領よくやり、
多く報酬をもらい、
認められ、人のミスをみつけ、注意して、ストレス発散だそうです(おいおい)

その人は、とてもできる人なので、それができるんですね~。
実際、認められているので。

私はもっと、なんていうか、もう少し手前、そういう物質的なものではなく、言葉にできないけれど、
そういうものが幸せと感じます。
でもやっぱり結果がでるとうれしいものね。

病気、体も少しみなさんより老化が早いし、精神の偏見・病気もあるし、お金はないし、
仕事はできないし、頑張っても認められないし、不器用ですから・・・で、まあ、報われていないのかも。

でも、私なりの経験は、大きな目でみれば、いい経験かもしれないし・・・
こればっかりは、どんな視点をもつかで全然わからないのかもなあ、と思いました。
ま、悲しくなるときもあるけれどサ。
ちょっと、その言葉にジャブ入ったけどさ。

毎日、朝昼晩、気にかけてもらって、エネルギーをたくさんその人から
もらっているのはわかっているのですが、同情の気持ちもあるのだろうなあ、と思います。
それがその人なりの優しさなのだろうなあ。感謝なんですけれどね。
私は同情というのはあまりない気がします。
なんとなく、どんな大変な人でも、尊いな、って思います。
人の感情もいろいろです。

今日は、お仕事や出来事、まだいろんなことが消化できなくて、ぼーっとしているmidoでした。
いろいろ、出来事をうまく流していくことができないのですよね。

で、気分転換にイラストをのせてみたくなりました。
カテゴリ違いというか、あまりそぐわないかもですね。

実は、趣味がイラストとぽ、ぽ、ぽえむ(ちょっとどもってしまう、恥ずかしくて・笑)です。
自己満足ぽえまーです、あはは。

絵は習ったことがないので、構図などめちゃくちゃなのですが、
体が病気になった時に、外に全く出れない中見つけた、唯一の楽しみだったのです。

内職の方には「幼稚な絵だなあ~」って言われますけれど、好きなんでしょうがない。

前のブログではイラストやポエムをよくのせていました。

今日は最近描いたイラストと、一年前、精神が辛かった時に書いた詩と絵を載せます。

今日も一日ありがとう。よい眠りがみなさんに訪れますように。

Photo_3


(先月頼まれて描いたイラスト)

Img038


この手のひらに だいすきがいつもある


月をみるたびに

花の香りをかぐたびに

あなたとはなしをするたびに


だいすき それだけで 充分


ある日 トゲトゲの心が 

だいすきなものを みんな うばいさっていった

やりたいこと たのしいこと ゆめ きぼう


だけれど わたしの てのひらは まただいすきをみつけはじめる

空をみるたびに 雪をふみしめるたびに 風にふかれるたびに

少しずつ だいすきが そだっていく


少しずつ大きくなった だいすきは わたしをつつむ

だいすき  それだけで 充分

そのきもちが 神様からの贈り物

(退院して、すぐ、自分の心が全く動かなくて、鬱と恐怖で苦しかった時、
以前の感情を思い出そうと必死に書いた詩)

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2015年2月 7日 (土)

15年ぶりのか、か、会議!?

パートが終わってへろへろのmidoです。
これからボランティアに半日行ってきます。

農業の普及のボランティアをしています。
同世代の方はいません、ほとんど高齢の方。
話さないでもくもくとやってられるので、わりと楽です。

ボランティアでも相当トロいのですが、(頼まれたことをよくミスする、いろいろトラブルがあり泣く事あり。)
ただ、無償だということでクビにはなりません(当たり前ですが)。

ところで、今日のタイトルがかんでますが、それほど衝撃を受けたのです。
なんと、パートの場所で次々と会議があるそうです。
私の通っている部署だけの会議(5,6人)の次は、100人ほどの会議・・・。

か、か、会議なんて、15年ぶりです。姉さん、事件です。・・・古いです。

待てよ。

利用者には、いつもすっぴん、髪振り乱しながら、バタバタ動き回っている姿ですが、
会議となれば、ちょっと、身ぎれいにしていかなければなのでは?

この眉毛、いつから整えていないんだ?ひげもそらねば?(おいおい、どんだけなんだ)
少し化粧しもしなくちゃ?
その前に、このミスばかりしてる私がみんなの前にいって、顔合わせて
何を言えばいいの?
ひーーー、怖い。皆さんにあわせる顔がないです><す、すみません、しかないです。
滝汗で小さくなってしまいます。

あ、もちろん、利用者の前でも身ぎれいにしなければなのですが、
利用者のありがたいところは、どんな姿でも、利用者が機嫌が悪ければ、
ぷんぷん怒っているし、当たってくるし、
機嫌が良ければ、「ありがとう」と優しい言葉をかけてくれる。

関わりの中で接しているから、私が眉毛ボーボーでも、ありのままの私と接してくれるのです。

あ、でもやっぱり最低限の身だしなみは、マナーですね。
利用者さん、すみません。

てなわけで、すでにテンパってるmidoでした。

会議などを経験していたのは本当15年以上前です。
人生わかりませんね。

私の知り合いの知り合いで、50代後半で、生まれてはじめて、仕事に就いた方がいます。
何の病気かわかりませんが、病気でずっと働けなかったそうで、ようやく働けるようになったそうです。

私はその話をお聞きした時、勇気をいただきました。

そう、私の周り、知り合いには、全く働かなくて、自然な生活をして、電気もガスもなく、
のんびり暮らしている方(本人貧乏だと全く思っていないのがミソ)や、
それまで全然お金がなくても、60過ぎて、いきなり仕事がヒットして、年収8000万円ほどになったり、
ネットで商売したり、ヒーリングなどで、生計を立てたりしている人がいます。
いろんな生き方があるのだなあ、と参考になります。

私については、今の仕事は、向いてないのでは?
5カ月もたって、まだそんなミスをするなんて、と、知り合いや、周りに言われます。
私に向いているものは、今のところみつかっていません。

でも何かやっていけば、いつか見つかるかもしれない。
きっといろんな生き方があるはず・・・・。

いろいろ不安はあるし、能力のなさに嘆くこともあるけれど
なんとか、あきらめずにボチボチいきたいです。

そういえば、今日、ケアのパートでいいことがあったのです。
先日日記に書いた「寂しい」とおっしゃった利用者さんですが、いつも否定的な事ばかり
おっしゃるのに(もう俺はクズだ、死にたいなど)、
今日は、ふっと「幸せだなあ」とおっしゃったのです。

そして、またその後「midoさんがいるから幸せだよ~」と。
おお、またツボに入るような褒め言葉を!

「みんな、利用者さんが大好きなんですよーー。」とお伝えしました。

その方の前向きな言葉をはじめて聞きました。心があったかくなりました。
なんだかプチ、夢がかなったような気分。

雇用期間の期限までしかできないかもしれないけれど、私が経験したことは
無駄ではなかったと思えるように、やれる範囲で、できることをやっていけますように。

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2015年2月 6日 (金)

許し許され・・・赦しの中

今日はケアのパートに行ってきたmidoです。

このパートは一人でひとつの施設に入ります。利用者は3人。直行直帰。
私にとって、職場の人間関係がないのはとても楽です。
同じ仕事仲間とはノートで連絡し合います。

はぁぁあ、今日もいろいろノートに書かれていました。

先日私が利用者の変化に気付いたことを書いたのですが、本当はその前に仕事に
入ったときに気付かなければならないものでした。ミスです。
観察不足。
みなさんの足手まといになっています。
ごめんなさい。謝ってばかりのmidoです。

どんより、うにゃーーー><

でもでも、15年ぶりに働いていて、ブランクあるし、体もボロボロだし、
精神も病んだし、私にしては十分だよね、いつクビになってもいい、大丈夫大丈夫。
・・・と自分を慰めています。
こんな自分を許せない、死にたい、とずっと思っていましたが、もういいです。
これがありのままの自分。できなくて、頼りにされなくて、おまけにかなり浮世離れしてる。
でも、これでいいのだーこれでいいのだーー。(41歳なのでバカボン風)

許すこと。
それはとても大事だと思います。

私のブログ村の登録の紹介文に、児童養護施設出身、とわざわざ書いたのは訳があります。

私が一番先に許せた場所なんです。

私は、9歳くらいのとき、父の毎日の死に物狂いの暴力と暴言に、逃げて逃げて、へとへとになり、
ついに学校にいく力がなくなってしまいました。
母は仕事で別の場所に住んでいました。

母の前ではとても優しい父だったので、私や姉に父がしていることを、母は全く気付きませんでした。

学校はなんとなくいじめもありました。先生も暴力的な人で、怖かったです。
だんだん人が怖くなってしまいました。
いつ、父みたいに豹変し、暴力をふるわれるか、と思いました。
クラスメイトも怖くて怖くて、学校に行っても、押し入れに隠れるような奇行をしだしました。

学校に行かないでいたら、あっという間に、児童相談所に母親が相談した様子。
いきなり児童相談所の職員がきて、寝巻の私を3人で抱えて、施設に連れて行きます。

両手両足かかえられて、寝巻をめくりあげられて、パンツ丸見えで、はがいじめになって
連れて行かれた先、それが一番目の施設でした。

そこが私のとてもつらい場所でした。

先生の力任せの日々、虐待の数々、そこで先生に気に入られようと必死になっている子供たち。

虐待されていることが日常で、虐待とは気付かないでいることが多いのです。
ただでさえ、愛情とかを知らない子供も多いので・・・。
私も時間がたって、冷静になってから、普通の世界を知って、気付いたのです。

その施設の次の施設は良い施設だったのですが、最初の施設はとても深いところを傷つけられるものでした。

時がたって、大学に行って福祉の勉強をしたとき、なんと、その施設が、良いケアをしていると、紹介されているじゃないですか!
この施設から勉強しよう、と教授がおっしゃるではありませんか。

おまけに、一番その施設でひどい職員は、その施設の実績の後、県の児童関係のとても偉い人になっていました。

悔しくて悲しくて、本当にやり場のない気持ちでした。
そして、そのことを誰もいえませんでした。
高校の時、施設上がりでかなり差別されたので、大学は、施設のことはみんなにクローズだったからです。

その怒りと苦しみと恥ずかしさは、ずっと埃がたまるように、苦しみとして溜まっていきました。
時折、裁判を起こそうか、とも思いました。
今入っている子供たちにも同じことが受け継がれているのなら、戦わなければならない、と思ったこともありました。

でもそういう方向に行くには、自分には勇気がたりませんでした。
時にわなわな体が震え、怒りの矛先が見つからず、絶望して生きていました。

その施設を自分の中で許すことができたのが、体の病気をして、10年ほどたったころでした。

どうか、今あの施設にかかわっている子供たちが幸せでありますように。

先生も幸せでありますように。
そう祈りを持つことができたのです。

そのあと、だいぶたってから、父のことを少しずつ許せるようになってきたのです。

一番先に許せたこと、とても大事なことを忘れたくない、そういう場所になりました。

子供のころから十代もつらかったですし、私は変な子
(どこか施設にいって、帰ってきて、怪しい病気)で通っているので近所でも肩身狭かったりします。
小学校からこの地域にいなく、中学も普通の学校にいけず、学校の友達もいません。
たぶん、同級生は覚えてないのではないかなあ、と思います。

あんな施設に入ったから、人生が台無しになったなんて思っていましたが
でも、それでも、児童養護施設を許せたこと、
そして、父を大事にしようとしていること、それでもう十分だと思える時もあります。

・・・・本当は許すも許されるもなく、全部許された中で生かされている・・・
だからもういい。何もいらない。もういいや。そう思える時がたまにあるのです。

私もきっと何かに許され、赦され、生きているのかな、って思います。

苦しい時も多いけれど、いつかその苦しみを越えていけますように。

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2015年2月 5日 (木)

ブログで繋がるちから

今日は、私が以前ブログを開いていた頃に出会ったブログの友人に、誕生日の贈り物を送りました。

今までメールのやりとりや、実際出会ったり、一緒に物を作り上げたりしてきた方です。
一年程、ずっと連絡ができなかったのです。

精神の病気になってからは、私の病気の事を知らずにいつも通り、連絡がきていた人や
贈り物をしてくださった人達がいましたが、全員には、とても余裕がなく、
返事ができない日々が続きました。

今少しずつ、鬱の症状も少なくなり、ようやくまだ連絡していない方にお返事しようとしています。
今日はその第一歩。
病気のことは、聞かれない限り、伝えるつもりのない人達も多いです。

ネットの繋がりも不思議な御縁だなあ、と思うのです。
私は以前ブログしていて、繋がった方が沢山います。
もちろん、病気のことなどで離れて行った方もいますが・・・。

今内職させてもらっているのも、ブログで繋がった方ですし、
この前まで貸していただいていた、素敵なアパートを提供して下さった大家さんも、
私のブログを見てくれていて、気に入って下さり、招待してくれたのです。
毎週今、私の調子を心配して、ほとんど奉仕でヒーリングしてくださっている方も
ブログで知り合いました。
実際お会いした方、贈り物を交換する方、いろいろな方に出会いました。

精神の病の方からの相談を受けることも多く、夜中まで毎日話すこともありました。
(今は私が相談をする方になってしまいましたが(笑))

自分のブログはやめてしまいましが、ブログを開いているときは、お互い不思議な御縁
にひかれて、いろいろな出来事を楽しませていただきました。

病気になって、同じ病気のカテゴリの方のブログを読ませていただく日々が続きました。
とにかく怖くて、死にたくて、毎秒毎秒不安と動機で、こんな状態で、
どうやって日常生きていけるか、模索していたのです。

元気なブログも、落ち込んでいるブログも、どんなブログも力を頂きました。
なので、このカテゴリの皆さんには本当に感謝しています。

こうやって力を頂けるツールがあって、本当に良かったと思います。

ブログで繋がるちから・・・本当に不思議なちから。
私がパソコンを始めたのは、まだMS-DOSの時代でした(年代を感じますね)
どんどんと進化してきて、ブログが出来てからは、本当に時代は変わったんだなあと思います。

本当、ありがとう、なのです^^

Image1019


友人に送ったエンジェルフローライト(ペンダント、水色のもの)です。
石屋を手伝っているので、あまりものを頂いたり、卸し価格で購入できます。

贈り物が大好きです。
お金はないけれど、こういうことは贅沢します。自分も豊かな気持ちになれるので嬉しい。
石好きの友人なのできっと喜ぶでしょう。

その人に合うブレスや、石をプレゼントするのも好きです。

御縁のある人に出会って、大切な時間を共有して、
御縁のある方に御縁もあるものが届いて・・・
そんな素敵な循環を夢見ています。

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2015年2月 3日 (火)

消費社会に参加してない生活

今日は一日内職のmidoです。

今二つの内職をやっており、一つの内職をさせていただいている自営業の方は、
たった一人で、月500~600万円、余裕で稼いでいます@▽@

年収にすると、とんでもないことに!
私の知り合いで一番稼いでいる人かもしれません。

そのお手伝いを私は、ありがたいことに、単価で200円、時給1000円でやっています。
でも、仕事量はある時とない時の差が大きいので、お金が安定して稼げるわけではありません。

その人のお金の使い方を見ると、3日で1000万円とか使うのです!!
現金をポケットに500万円とか入れたりするのです。
溜息がでる私です。

逆に私は本当に節約生活です。
っていうか、女子力もなくなる節約生活です。
消費社会に参加していません。いや、できません!!
そう、学生時代から本当にお金には余裕がありません。

姉の分も一緒に生活費をだしたりしてましたので、お金は地味に使っていました。
それでも、仕事しているときは、海外にはよく貧乏旅行に行きましたが、
普段は本当に質素でした。

美容院、最後に行ったのは4、5年前、その前は7年前(笑)
たぶん、人生41年で、数えるほどしかありません。
(自分で切るか、得意な人にであったら、切ってもらう)
化粧はほとんどしません、乳液も作ってたまに使うくらい、
口紅も(自分で作ったようなものしかない)ほとんど塗りません。

外食、外で食べるのは一年に一回あればいいほう。
(食事制限の多い私は食べるものはありませんが)
マックやファーストフードも行ったことは、学生時代の2,3回。
コンビニで物を買うこともないし、(たぶん、最後の買い物は学生時代)
スーパーも行きません。
私の服もみんなのおさがり、でもたまに買うのはオーガニックやフェアトレードなどを買いますが。
PCなどもすべてもらいもの。
町にいくこともありません(笑)カラオケや映画や娯楽も全く昔からありません。
自然のあるところには行きますが(お金かからないし、自然が大好き)

え、どんな生活しているんだって思うかもしれません。

食べ物、着るものの素材は、本当に気をつけています。
なんでも作れるものは作るようにしています。
身の回りは全て、自然食品やオーガニックな衣類、そういうものです。
そういうものはすべてお値段が高い・・・でもその分、日々を節約です。

オーガニックなものしか使えないのはわけがあります。

姉と住んでいた時、姉が病気で、姉は働いていないので、私の稼ぎだけ。
一日100円食事、栄養たっぷりで考えていました。
当然材料費を安くします。
100円ショップの調味料、中国の安い野菜・・・。
そうしたら、姉の病気はどんどん増えて行ったのです(涙)
皮膚も荒れ出し、骨まで見えるほど膿んでいった姉・・・・。
姉はとても化学物質などに、敏感だったのです。

そこで変えました。
無農薬無肥料の野菜、お米、調味料、良いお水、いろんな健康によいもの、無農薬の木綿の服、シーツ、・・・。
だんだん姉の調子がよくなっていったのです。

今は無農薬の野菜は知り合いや契約農家からわけてもらったものを使ったり、
衣類や身に付けるものも気を付ける、飲料もすべて気をつけています。
姉は薬を使わず、なんとか今保っています。

高いと思っていたそれらの材料も、全く外食や御惣菜を買ったり、料理の素などを使わなければ、
一食200円くらいでできるようになり、ずっとその生活を続けています。
精進料理みたいなものが多いですが^^;;砂糖も使いませんし。
姉は海のものがだめ、私はお肉類や動物性脂肪分が消化できない。
自然に野菜と大豆などの生活です。

生活はいっぱいいっぱい、これからどうなるかわかりません。
自分で無農薬の野菜などを作って、自給自足に近づけたいのですが、
ちょっとした畑しかまだありません。
お米も作りたいなあ。

アーミッシュのように、電気のない生活で生きて行こうと思ったこともありました。
(そうやって日本で生活している人達を知っているので)

せめて、自家発電、自給自足で生きて行こうとか思っていますが・・。
今はまだまだそれは無理です><

入るもの(お金)が少ないなら、極力出てくものを少なくするしかありません。
福祉の制度は今の所、自立支援だけです。
まあ、自分でやれるとこまでやろうかなー、という感じです。
(主治医も全然手帳や年金をすすめないので。いや、結構、症状重かったですし、困ってますが(笑))

皆さんのブログを見ると、ファーストフードやカフェで外食する姿や
コンビニやお店で買ったもの、今日のコーディネートの紹介なども書いてあったりして
私はとてもとてもそれが楽しみです♪わくわくします。

ほー、そうか、今そんなものがはやっているのかあ、素敵だなあ、とか、
そういう場所があるのかーと、浦島太郎気分で感心しています。

でもそれだけでも幸せになれる、安上がりな私なのです^^

消費社会にはほとんど参加できないけれど、ごめんね、と思いながら、
みなさんの姿で元気づけられ、社会の片隅でほそぼそ、なんとか暮らしているmidoでした。

今日も食べるものがある。
食べれる力がある。(全く病気で食べれない(口の中に口内炎が20個とか日常だったので)
ありがとうなのです。

今日は恵方巻を作ろう。

読んでくださってありがとうございます。

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2015年2月 2日 (月)

離れて行った人達へ

ほとんど使わない古い携帯に、毎朝「midoさんおはよう」とメールがきて、私は起きます。

相手は30代に6年くらいつきあった、昔の彼氏。
私は37歳の時、後戻りできないくらい体が悪くなりました。

もう治らないな、外見も姿形も変わっていく、と知ったとき、その人がこれから出会う人と
幸せになれるかもしれないのに、私とずるずるいてもだめだ、と思い別れました。
私の入院のお見舞いにもこなかったし、気持ちがいまいちなかったのを感じていたからです。

おまけに、いろいろわかる私は、その人が時々浮気していること、そして、実は本当
にもっと好きな人がいることをわかっていたのです。
それもつらかったので、わかれました。
好きな人と一緒になるんだよ、と言ってさよなら。
時々連絡が相手から来ていましたが、辛すぎて、返事はしませんでした。
そして3年過ぎました。

40歳、統合失調症になって、とてもショックを受けている中、その人からメールが時々きました。
もう私はヤケになって、病気のこと、おかしかったこと、変な行動をメールで伝えました。
病気のことをネットで調べてと、見てもらいました。
そうしたら二度と連絡がこないだろうと思ったからです。

不思議とこの人は、私の病気を知って、また前みたいに、前以上に、連絡をくれるようになりました。
私も拒否することをやめました。

関係は友達ですが、この人が他の方に出会って、結婚などしてしまったら、私はもっと寂しくなるなあ、
って、言うのですが、それでも友達だよ、って言ってくれます。
前好きな人とはうまくいかなかった様子。
そんな中私が精神の病気になって、ほっとけない、と思った様子でした。

好きな人がその人にできたら、私は離れるような気がします。
独身で公務員、お金もたくさんあるし、優しいので、誰かと出会いそうで、とても不安になります。
誰にも出会わないでって思う時もあります(笑)
ああ、自分勝手だよなあ、その人に「友達だ」と言われているのに・・・。
でも、そういう時がきたら、その人の幸せを喜べる私でありたいよなあ、と思います。
まあ、でも今は無理かな。

人が離れていくのは辛いです。
それが執着だとわかっていても。ずっとそばにいてほしいと思う。
離れていくと、見捨てられるようで、怖くなってしまう。
それぞれが自由なのに、私の病気を知って離れるのも自由。
好きな人ができて離れるのも自由。

もっと私が自由でいたいと思います。
今は毎日電話やメールをくれる元彼に感謝して、先を考えず、もっとさらさら生きていたい。


他の離れて行った人達もたくさんいました。
せっかくできた友達たち、古くからの友達、仲良くなりかけていた人達。
それらがなくなり、悲しくて悲しくて、泣き続けていました。

福祉に詳しい人ほど、余計差別がある、と、よく聞いてましたが、
私もそうでした。
他の人は、あまり病気が知られていなくてわからないのかもしれません。
危ない、危険、大丈夫なのか?そんな風に思うのは、少し詳しい人達なのかもしれません。

離れて行った1人は、障害者や身寄りのない人達の保証人になる会社で働く、もう偉い人。
かつては私と同じ職場で働く同僚でした。
病気なんなの?と何回か、きかれて、統合失調症、と答えました。
「あ、なんか、だめだね、まずいね(終わっているねみたいな感じ)」それが返事でした。
自分の受け持ちにも同じ病気の利用者さんがいるみたいで、それなのに、それかよっ。
そういうことして、給料もらっていて、その態度かよっ。
とても怒りが生まれました。

統合失調症の患者さんを社会復帰させる指導をしている方には、
相談で聞いたら、無視でした。大学の恩師でした。

そのほかにも態度がよそよそしくなった人などいますが、本当につらかったです。
泣いて泣いて毎日過ごしていましたが、ある時、ふっと、ありがとう、と浮かびました。

「私と今まで一緒にいてくれてありがとう」

そう浮かんだ時、ようやく楽になりました。
そして、もういいや、と少し思えるようになりました。

もちろん、まだ、少しいやな気持があります。心残りがあります。
でも半分くらい、軽くなったのです。

離れて行った人達へ、ありがとう。

そして、これから出会う人達へ、私が病気のことを引け目を感じたりしないで、
心から繋がれる関係が作れる毎日を、ずっと選びます。
その先に、よい出会いがありますように。

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2015年2月 1日 (日)

さみしく思うときもあるけど

今日は少し元気のないmidoです。

今日のパートもちょっと不安です。
私の見立てが間違っていて、余分なことをやったかもしれなくて・・・。
ああ、バカやってしまったぁ、と思うことが多すぎです。

もっと賢くなりたいな。
でも、もう、すべてお任せ、流れるままにするしかないです。
今日からケアの仕事は4日間お休みです。内職とかボランティアは毎日あるのですが・・・。

今日利用者さんが「さみしいなあ」とおっしゃいました。

その気持ちがとっても伝わってきました。
施設にはいって、なんとなく取り残されたような気持ちになっており、昔の大切な人たちに会いたいとおっしゃるのです。
その気持ち、痛いほどわかるなあ、と。

私が仕事を辞めた、26歳の時、友達はたくさんいました。
一緒に住んでいた同じ職場の彼氏が、いきなり違う方と結婚して、そのころから体を壊し、退職しました。
同じころ、なぜか、知らない人からの犯罪もあい、住居に入ってきたりして、殺されそうになり怖い思いもしました。

そのころからか、だんだん人生のルートがみんなと違うというか・・・。
いや、昔から、ちょっとみんなと違うルートだったような気もします。

もともと私は、小さい頃父の激しい暴言と暴力の中で育ちました。
私の不思議ちゃん、なんでもわかる能力は、父が、家の近くの道路を車で入ってくると
部屋の中にいても、すぐわかるようになることからでした。
小学校は、外で寝たり、家に入れなかったこともあったりして、学校にも行けなくなりました。
不登校・・・そのころはめずらしいものでした。
そこから施設に入所。中学卒業まで二つの施設に入所。

高校も、施設あがりだとなかなか受験すらさせてもらえず、近くの誰でもはいれる高校に通いました。
いじめもありました。
先生から、midoとつきあうと、あの子は施設上がりだからよくない、と友達に伝えられたこともありました。

児童施設は、家で過ごせない子供達のいる施設です。
そんな施設を、怪しいと思う大人がいるのに驚きました。

なんとか学校を卒業。大学になんとか入り、卒業でき、就職できたとき、
ようやく、一般の人と混じってしまえる、普通の人になれる、差別がなくなる、と喜んでいました。

福祉の制度に子供時代お世話になったのと、祖母に育てられたことにより、
福祉の道に行くことにしました。

それが26歳の時、絶たれてしまい、失業・失恋・闘病。
友人達は、仕事、結婚、出産・・・自然に忙しくなっていき離れて行きました。

姉も体調が悪く、姉のケアをしながら、ひたすら、闘病が始まりました。
でもまだその時は、痛みが強く、孤独を感じている暇がなかったのです。

5年目、10年目くらいから孤独を感じ始めます。
それでも体が痛いので、必死に生きることだけですが、体が動く時、ネットでブログをはじめました。
いろんな人が訪れて下さり、実際にリアルでやりとりしたり、お会いしたり、
不思議な出会いもたくさんあり、また友達が沢山できてきたのです。

それがまた精神病になって、疎遠になってしまいました。

さみしいなあ・・・時々私の中に出てくる気持ち・・・。
利用者さんと同じです。

そういう時は、そういう時。否定しないで、私さみしいんだなあ、とただ感じています。

こればっかりはしょうがないものね。

大学の友達とは精神病になり、疎遠。教授も、疎遠になりました。
(病名を知っただけなのですが、おまけに福祉の精神保健の分野の人達もいるのですが)
高校の友達は一人心配してくれる子がいるけれど、後は疎遠。
職場の友達は、心配して下さるけれど、なかなか集まりには出る気にはなりません。

もうそういう集まりなどは、15年御無沙汰なので世の中からかけ離れて浮世離れしているような気分です^^;;

体の病気になってから、そして、精神の病気になって、様々な方と疎遠になりました。
それでも、今も接して下さる友人も、数は少ないですが、頻繁に連絡くれたり、気にかけてくれるので本当感謝です。

何年も、世の中の仕組みに入っていないけれど、
でも私のペースで歩いて行ったら、いつか、どこかで、またご縁のある人達と新しい出会いをして、一緒に何かできるのかな・・・。

きっとそんな気がします。

利用者さんの「さみしい気持ち」も少し軽くなるといいな。
今幸せな気分でいてくれますように。
そんなことを思うmidoでした。

今あることに感謝して、さみしい私にヨシヨシして今日は過ごそう。

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